初めての国にでかけて、「ああちがう国に来た」と実感するのは、見知らぬ文字の並んだ看板の群れを見るときだ。だがしばらく滞在するうちに、少しずつその変な図形の一部が、意味と音をもってくる(「ビール」とか、「タクシー」とか地名とか)。そのわかるものとわからないものの混在した状態が、外国風景の一つの醍醐味だったりする。
本書は、その醍醐味が詰まった本だ。次々に登場する、見たこともない文字。そして、それにまつわる数奇なお話の数々。その文字を眺めているだけで不思議な感覚に陥る。
題名とは裏腹に、本書の文字の多くは「絶滅しそう」なわけではない。本書の2割くらいは、ナショナリズム運動に伴って比較的最近になって再興されたり作り上げられたりしたものだ(デザイナーが勝手に作っただけでだれも使っていない文字まである)。
だが、そうした「新しい」文字であっても(いや、そうしたものは特に)、それを使うコミュニティを維持しようという強い意志が伴う。本書の各種文字の説明もほとんどはそれだ。少数民族が自分たちのアイデンティティを確立するため、歴史の中から、それがなければ自分たち自身が考案することで、新しい文字を作り、その使用を作り出す――それは大きな流れに敢えて逆らうことでもある。アルファベットなどに流れれば楽だし、メリットもある。ベトナムやトルコはその道を選んだ。文字はまとまりを作るが、それは他と分断することでもある。その道をわざわざ選ぶ決意の強さが、本書の文字から立ち上る力強さの源泉でもある。
敢えて苦情を言うと、本の性質として文字に思い入れを抱くのは仕方ないのだけれど、どの文字の説明も神話性、呪術性を強調したがる。本書の序文では、文字の実用機能をバカにするような記述さえ見られる。が、そうした文字への変な思い入れはマヤ文字解読を数十年遅らせた。文字は実用的で低俗なことが書けてなんぼ。ポンペイの壁の落書きは「おれの恋人を奪ったあの野郎殺す」ばかりで、くさび形文字の粘土板は納品小麦の質への苦情文書。そういう俗な文字のあり方も見たい。
むずかしいことを考える必要もないだろう。評者が読んでいる横で、子供はおもしろがって変な文字をまねしたり勝手に改変したりしている。それを見ていると、いずれこれらの文字が絶滅危惧種を脱し、さらなる改変を経て、一時はやったギャル文字のような変身を遂げたら……などと妄想も広がる(厳密には学術書ではないので、字形と字体の差はここでは無視)。そしてまた、ここから複数の文字体系が入り交じって成立している、我らが日本語の異様な成り立ちにも思いを馳せてみてはいかがだろうか。本としても大判で立派な作りながら割安。楽しいですぞ。
評論家、翻訳家
1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にオーウェル著『一九八四』(星海社)、『ヒップホップ経営学』(DU BOOKS)など多数。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年1月2日号)の一部を再編集したものです。
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