戦争と経済の密接な関係といっても、多くの人は死の商人や産軍協同といったミクロなイメージしかない。だがその関係はずっと強い。そもそも現代のお金やマクロ経済の仕組みそのものが、度重なる戦費捻出のアクロバットの成果なのだから。
本書はその絡み合いを、太平洋戦争における日本の銀行の活躍を通じて描き出す。副題のとおり、無謀な太平洋戦争実現のため、すべてを戦争に振り向ける――そのための仕組みが銀行と金融だ。政府/軍の大量の国債発行を引き受け、それをもとに通貨を発行、外地と内地の中央銀行のやりとりでバランスシートをふくらませて資金を捻出、一方でインフレも抑え……。
だが、主にこうした会計操作と制度構築の序盤から中盤に入り、敗戦がほぼ確実になったあたりから話は一変する。無謀な戦いに固執する軍の金庫番を務めつつ、決済手段の紙幣発行を担う主体として、逃げ回りながらその機能を維持するのが精一杯。銀行自体も戦闘に巻き込まれ、同時に引き揚げ者たちの植民地紙幣の両替需要にも対応。空襲の中でも、原爆投下後すらわずか2日で営業を再開。
そして終盤は、終戦とその後だ。革命や核戦争後に旧体制の紙幣が街に散乱するドラマや漫画はご存じだろう。評者の父親は1970年代のイラン革命からの引き揚げ時に、街中に散乱するパーレビ札束を拾って帰り、「これはもう紙くずだ」とオモチャ用にくれた。日本もその寸前まできていたという。しかし、円の存続を認めさせ、米軍軍票の流通も阻止し、植民地の後始末も確保。それが経済活動の継続を担保し、戦後経済の基盤となる。
短い新書にあまりに膨大な情報が詰め込まれ、読むほうも(おそらく書くほうも)事実を追うのが精一杯。だがその細部のあちこちにトリビアが山ほどちりばめられている。戦争で重ねた無理が戦後の日本経済にまで尾を引く様子は、もっと話がありそうだし、皆さんお使いの銀行の意外な過去もおもしろいはずだ。
この原稿を書いている年頭は、突然起きたベネズエラとイランの動乱にだれもが驚かされた。これは両国自身の問題以上に、ロシアがそろそろ軍事経済を維持できなくなりつつあり、対外的に友邦への支援やにらみが利かなくなってきた影響だとも言われている。本書を読むと、ロシアの終末期の経済と金融面でのジリ貧状況も想像がつく。ロシアにもこの本に描かれたような(あるいはナチスを支えた天才バンカー、シャハトのような)存在がいる/いたのだろうか? その活動に想いを馳せるのも、一興ではある。
ちなみに、冒頭で触れたミクロな死の商人/防衛産業に興味ある向きは、同じ著者の『防衛産業の地政学』もご参照を。勉強になります。
山形浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家
1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にオーウェル『一九八四』(講談社)、『ヒップホップ経営学』(DU BOOKS)など多数。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年3月6日号)の一部を再編集したものです。
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