「火山防災の日」の8月26日、富士山噴火のシミュレーション動画を内閣府がネット公開した。本書はその概要をわかりやすく解説したタイムリーな啓発書である。著者は東京大学で基礎研究と教育に従事しながら国の噴火予知と防災の要職を務めた火山学者で、研究と行政の両方に長けた稀有な研究者である。

『富士山噴火 その日に備える』藤井敏嗣著 岩波新書/1000円+税
『富士山噴火 その日に備える』藤井敏嗣著 岩波新書/1000円+税

富士山はいつ噴火しても不思議ではないと言われる若い「活火山」である。本書は近未来の富士山でどんな噴火が起こるか、いかに備えるかを中心に、火山学の基本概念を説明する。実は、日本の代表火山とされる富士山のマグマは特異的で、社会が期待する噴火予知がかなり難しいことを率直に述べる。「噴火スタンバイ状態」にある富士山への心構えをていねいに説く姿は真摯しんしで、学者が社会貢献を行う鑑かがみと言っても過言ではない。

富士山は江戸時代の1707年に大噴火(宝永噴火と呼ばれる)してから約300年間、沈黙を守ってきた。それ以前は平均して数十年に一回は噴火していたので、今は「異常事態」なのだ。

一般市民は富士山がいつ噴火するのかが一番知りたい。前回は太平洋側で南海トラフ巨大地震(宝永地震)が起きてから49日後に、富士山が大噴火した。火山灰は江戸の町に5センチほど降り積もり大混乱をきたした。現在はそれと酷似する状況にある。「宝永噴火以降300年以上が経過して、現在はマグマが十分に蓄積していると考えると、次の南海トラフの地震が引き金となって噴火することもあり得る」(206ページ)。ちなみに、評者は南海トラフ巨大地震が2030〜40年に起こると予測し、それによって富士山の噴火が誘発される可能性が高いと考えている(『知っておきたい地球科学』岩波新書を参照)。

一方で著者は、我々は直近の噴火に惹ひき付けられがちだが、大昔の噴火に遭遇することもあると説く。たとえば雲仙普賢岳の噴火(1991年)では、江戸時代の直近の噴火とは、推移が異なる6000年に一度の噴火が起きた。富士山も300年前の宝永噴火だけではなく、数千年前の噴火履歴を検証する必要があると説く。そして「南海トラフの地震の到来を待たずに、自ら噴火することも十分考えられる」(206-207ページ)とも警告する。富士山の噴火は火山灰だけでなく溶岩流・火砕流・噴石・土石流など様々な現象が起きる「噴火のデパート」と呼ばれる。こうした過去の事実を詳しく知ることが、落ち着いて対応し災害を減らすことに寄与する。「知識は力なり」の言葉どおり「地学」をもっと知ってほしいというのも著者の願いである。

南海トラフ巨大地震の「季節」が始まる2030年まで、残すところ5年しかない。地震と噴火という2つの巨大災害を間近に控えている現在、多くの人に薦めたい。

鎌田 浩毅(かまた・ひろき) 京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院客員教授
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。2023年より現職。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『火山噴火』(岩波新書)、『大人のための地学の教室』(ダイヤモンド社)など。第54回ベストドレッサー賞(学術・文化部門)受賞。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年12月19日号)の一部を再編集したものです。

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