米国で第二次トランプ政権が派手に始まった2025年1月、「グリーンランドはアメリカが所有すべきだ」と言い出したトランプに、世界は「(19年に続いて)まだ諦めていなかったのか」と苦笑した。だがその一見無邪気に聞こえるグリーンランド領有への固執は、現在の地政学的状況における北極の重要性を極めて強く印象付けることとなった。北極はいま地球温暖化・水産資源開発、そして安全保障など複数の点から国際情勢の構図を語る、ホットなフロンティアとなっている。
そもそも、北極とは海の上に厚さ数メートルの氷が浮いているだけ。広大な陸地が厚さ平均2450メートルの氷で覆われている南極「大陸」とはまるで別物であり、したがって北極は地球温暖化の影響を直接受けやすい。夏季の平均気温で比較しても、南極はマイナス30度を維持できるが、北極はほぼ0度。そんな環境の激変から氷がみるみる溶け出して減り、地下資源へのアクセスが容易になったことで各国が資源獲得に猛進を始めた。
冷戦時代から潜水艦が海面下を航行し、ミサイル攻撃を検知するレーダー基地も設けられている北極エリアは、もともと安全保障上の要衝でもある。ロシアのウクライナ侵攻に加え、中国は「氷上のシルクロード構想」によって北極への積極的関心を表明、中ロの軍事協力を警戒するNATO(北大西洋条約機構)も北極への感度を上げ、北極を巡る緊張感は高まった。ここでの各国の覇権争いは、非北極エリアの勝負をも占う。
北極で具体的に何が起こっているか、その全体像を伝える一般書はこれまでほとんどなかったという中、いま北極で何が起き、何が行われているかを知り、各国の関心と思惑を知っておくことは、世界の行く末をうかがうことにつながるだろう。北極の未来は、世界の未来と直結しているのだ。
本書はノンフィクション出版の方法論という点でも意欲的な試みであることを評価したい。「いまだ十分には知られていない国や地域の実情を、第一線の研究者や専門家、ジャーナリストらが独自の情報と知見をもとに解説。インターネットでは得られない、信頼度の高い国際情報を提供する」として6月に刊行を開始した「時事ワールド・ウオッチング・シリーズ」の第2弾にあたるのが本書。時事通信社は政治・経済・科学・外交・安全保障・水産各分野の専門記者で北極取材班を組織、この時代にしっかりとした取材予算を組み、約1年にわたってチーム連載記事を配信。それに大幅な加筆を施し、情報を最新にアップデートして再構成した。
「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞作となっただけあり、純粋なファクトが湛える迫力は記者の記者たる矜持の賜物だ。
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。立教大学社会学部兼任講師。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』(ともに小社刊)ほか。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年10月3日号)の一部を再編集したものです。
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