日本は「図鑑」の国である。現実の生き物から空想の怪獣まで、あらゆるものが対象だ。大人向けから児童向けまで、書店の一角はさまざまな図鑑で占められる。豊富な図版を駆使した見事な解説。専門書も裸足で逃げ出す。それが日本の図鑑ワールドだ。
なぜ日本で図鑑が発達したのか。それは古来、さまざまな生き物で賑わう、まさに生物多様性の国だから。そんな日本の豊穣さを見事に示した図鑑、それが『古事記の博物図鑑』だ。
1300年前に誕生した日本最古の書物『古事記』全三巻には、天地開闢から天の世に至る日本の神話世界が綴られている。そしてなんと200種近くの動植物や鉱物の名が登場し、重要な役割を負っている。
それに気づいたのが本書の著者、伊藤弥寿彦だ。NHK「ダーウィンが来た!」をはじめ数多くの自然番組を手掛けてきたディレクターにして昆虫研究家でもある伊藤は、古事記が古代日本の生態系を直接間接に触れている点に注目し、コロナ禍の最中、そのすべての生き物を自ら撮影しようと試みた。そして本書では三巻のうち「上つ巻」の96種を解説したわけである。
冒頭にはクラゲが登場し、続けて葦が描写される。秋津=トンボが飛び交い、竹が生え、鶏が鳴き、五穀が、蚕が、神の体から誕生する。もちろん因幡の白兎もサメも。
ちょっと「遠い存在」だった古事記だが、そこに登場した山野河海の生き物たちが、今の日本でも暮らしていることを本書の写真で知ると、物語が彩り豊かな自然と歴史とを内包していることを実感できる。世界の神話で、これほど多様な生態系を活写したものはないかもしれない。本書こそは、古代から現代までの日本の風土を提示した、唯一無二のナチュラルヒストリーなのだ。多様であるが故に「図鑑」の体裁が必然だったのである。
さて、神話とは、人類の「想像」と「創造」の産物でもある。そこには空想上の生き物たちも多数登場する。中東、ヨーロッパ、アフリカ、中国、北米、南米、東南アジア、そして日本の121種を一気に紹介したのが『あなたの知らない神話世界の生き物』。
日本を代表する神話学者、松村一男が監修する本書の原書は、日本と並ぶ図鑑の国イギリスの出版社のDKの編集による。
読み通すとわかる。空想上の生き物たちは、現実の生態系と繋がっている。蛇、馬、山羊、獅子、鳥。それらが人と交わり、神と交わり、ケンタウロスになり、天狗になり、人魚になる。
神話に登場する現実の生き物と空想の生き物の図鑑2冊を通して、人間は地球上の多様な生物が蠢く中のほんの一種にすぎない、ということを実感する。この夏の課題図書にうってつけだ。
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