日本は「図鑑」の国である。現実の生き物から空想の怪獣まで、あらゆるものが対象だ。大人向けから児童向けまで、書店の一角はさまざまな図鑑で占められる。豊富な図版を駆使した見事な解説。専門書も裸足で逃げ出す。それが日本の図鑑ワールドだ。

なぜ日本で図鑑が発達したのか。それは古来、さまざまな生き物で賑わう、まさに生物多様性の国だから。そんな日本の豊穣さを見事に示した図鑑、それが『古事記の博物図鑑』だ。

『古事記の博物図鑑』●伊藤弥寿彦 著 ●世界文化社●本体価格6000円+税 『あなたの知らない神話世界の生き物』●松村一男 監修 ●世界文化社 ●本体価格3600円+税
『古事記の博物図鑑』●伊藤弥寿彦 著●世界文化社●本体価格6000円+税
『あなたの知らない神話世界の生き物』●松村一男 監修●世界文化社●本体価格3600円+税

1300年前に誕生した日本最古の書物『古事記』全三巻には、天地開闢かいびゃくから天の世に至る日本の神話世界が綴られている。そしてなんと200種近くの動植物や鉱物の名が登場し、重要な役割を負っている。

それに気づいたのが本書の著者、伊藤弥寿彦だ。NHK「ダーウィンが来た!」をはじめ数多くの自然番組を手掛けてきたディレクターにして昆虫研究家でもある伊藤は、古事記が古代日本の生態系を直接間接に触れている点に注目し、コロナ禍の最中、そのすべての生き物を自ら撮影しようと試みた。そして本書では三巻のうち「上つ巻」の96種を解説したわけである。

冒頭にはクラゲが登場し、続けて葦が描写される。秋津=トンボが飛び交い、竹が生え、鶏が鳴き、五穀が、蚕が、神の体から誕生する。もちろん因幡いなばの白兎もサメも。

ちょっと「遠い存在」だった古事記だが、そこに登場した山野河海の生き物たちが、今の日本でも暮らしていることを本書の写真で知ると、物語が彩り豊かな自然と歴史とを内包していることを実感できる。世界の神話で、これほど多様な生態系を活写したものはないかもしれない。本書こそは、古代から現代までの日本の風土を提示した、唯一無二のナチュラルヒストリーなのだ。多様であるが故に「図鑑」の体裁が必然だったのである。

さて、神話とは、人類の「想像」と「創造」の産物でもある。そこには空想上の生き物たちも多数登場する。中東、ヨーロッパ、アフリカ、中国、北米、南米、東南アジア、そして日本の121種を一気に紹介したのが『あなたの知らない神話世界の生き物』。

日本を代表する神話学者、松村一男が監修する本書の原書は、日本と並ぶ図鑑の国イギリスの出版社のDKの編集による。

読み通すとわかる。空想上の生き物たちは、現実の生態系と繋がっている。蛇、馬、山羊、獅子、鳥。それらが人と交わり、神と交わり、ケンタウロスになり、天狗になり、人魚になる。

神話に登場する現実の生き物と空想の生き物の図鑑2冊を通して、人間は地球上の多様な生物が蠢うごめく中のほんの一種にすぎない、ということを実感する。この夏の課題図書にうってつけだ。

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