「動かざること山のごとし」という言葉がある。戦国武将の武田信玄が掲げた軍旗に書かれた句で、もとは中国古典『孫子』の「不動如山」に由来する。ここには山脈は不動で泰然としたイメージがあるが、実際には地球上の山はすべて長い時間をかけて地盤が動くことによってできた。
こうした現象は「造山運動」と呼ばれ、それを研究する地球科学は1960年以降に劇的に進歩を遂げた。それまで数百年に及ぶ地球表層の研究によって立てられた伝統的な地質学理論が、「プレート・テクトニクス」という新しい理論によって完全に覆されたのだ。本書はその経緯に関して、当時大きな貢献をした8編の原著論文を紹介し、わかりやすい日本語訳と詳細な解説を付ける。「プレート」とは地球表面を覆う十数枚の厚い岩石の板で、「テクトニクス」とは地質構造を作る運動モデルを意味する用語で変動学とも訳される。「地球上の地殻変動は鉛直方向の上下運動で起こるという従来の造山運動論を見かけのものとして覆し、地球表層を覆う岩盤(プレート)の水平方向の相対運動こそ地殻変動の本質である」(本書6ページ)。
このプレートの水平運動、すなわちテクトニクスが、20世紀の地球科学に「革命」をもたらした。本書の編者は構造地質学の世界的研究者で、日本列島の地質学をプレート・テクトニクスの観点から解析した数々の論文や業績はもはや古典とされている。編者の解説を読むだけで、当時の地球科学者たちがいかに手に汗握る研究上の展開をしていたかがよくわかる。
プレート・テクトニクスが誕生したのは、新しく得られた海洋底の観測結果が地球物理学の理論とかみ合い、互いに両輪となって新たな知識体系が創出されたからだ。その後、プルーム・テクトニクス※として発展し、現代の地震学や火山学の基盤となっている。20世紀に起きた量子革命やDNA革命と並ぶ、パラダイム転換を起こした重要な科学革命と言える。
※編集部注:プルーム・テクトニクス=プルーム(plume)と呼ばれるマントル内の大規模な対流運動の変動のこと。
評者がこの科学の古典をビジネスパーソンに推薦するのには重要な理由がある。昨今の日本列島では地震や噴火が頻発しているが、こうした現象を科学的に説明する根拠がこのプレート・テクトニクスにあるからだ。たとえば今年(25年)は「7月5日に大災害が起きる」という予言がSNSなどで拡散し経済被害も出た。科学的根拠が全くないのだが、それが広まる遠因には科学が一般社会に身近でないという問題がある。
地震や噴火のメカニズムを丁寧に見ていくとプレート・テクトニクスにたどり着き、地球に対する見方の大転換が行われた事実に感動する。こうした科学の古典をじっくり読み解きながら、目の前で起きている自然現象の理解を深めていただきたいと願う。
京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院客員教授
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。2023年より現職。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学。著書に『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『知っておきたい地球科学』『火山噴火』(共に岩波新書)、『大人のための地学の教室』(ダイヤモンド社)など。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年10月17日号)の一部を再編集したものです。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます



