評者が本書を知ったのは、発売直後に書店がSNSで紹介したところ、ある市議会議員が「ヘイト本」を紹介するなと激怒した事件があったからだ。川口市のクルド人による各種不法行為はすでに問題視されているが、賛否の議論にかなり開きがある。その中で「ヘイト本」と罵られるとは、よほどひどいことが書いてあるのかと思ったら……。
拍子抜けした。本書は特にこの問題に利害もないルポライターが、川口市とその周辺を実際にまわって取材した結果を普通にまとめた本なのだ。
これまでに報じられた各種事件のまとめ、現地での関係者へのヒアリング、クルド人たちの出入りする店や、クルド人側への取材 (の失敗)。そしてもう少し広い社会経済的な状況への考察。ヘイトなどと呼ばれるべき内容は皆無だ。
そもそも、いわゆるクルド人が何人いるのかも不明。難民申請を繰り返して居座る者も多いが、入国管理局との情報共有もなく、実態もはっきりしない。また集団犯罪などの報道も増え、当人たち(そしてそれを容認してきた行政)は非常にナーバスになっており、異様な箝口令が小学生にまで敷かれている。そして大手メディアは、「差別をあおる」と称して実態をまったく報道しようとしない……。
画期的な考察や解決策の提案などはない。だが一方で、クルド人が悪い、出て行け、というような安易な決めつけもない。地域としては工場などの後継者がもはやおらず、低迷する景気で事業面でも困窮。そうした物件を埋めてくれるならクルド人でもかまわないという切実な状況も本書はきちんと描きだす。クルド人問題は、日本の経済社会が抱える課題の症状でもあるのだ。その意味で、まずは少子化対策と本格的な景気回復こそ抜本的な対応ではある。
だが、そんな遠大な話以前に、そもそもこの問題をめぐる議論そのものがゆがんでいるのも本書ではわかる。多くの人が問題視しているのは、難民制度などを悪用して居座り違法事業などに手を染める脱法移民たちの蛮行だ。
ところが、本書などを「ヘイトだ」と主張する人々は、それを反移民だ、と言いたがる。でも正規の移民にはだれも文句をつけていない。各種の面でルールを守り、平等に社会参加してほしい。ほとんどの人はそう思っているはず。そのためには、まず法や規制の執行を平等にして、違法行為は日本人と同様にきちんと取り締まるのが重要だ。
だから及び腰の警察や行政の対応は、「何か特別扱いされているようだ」とかえって反発と疑心暗鬼を招く原因となっている。それは「差別をあおる」と報道を控える大手メディアも同罪だ。まずは現状がどうなのか、実態の理解をみんなが共有しなければ。本書はその出発点としてきわめて有益な本となっている。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年10月31日号)の一部を再編集したものです。
評論家、翻訳家
1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にオーウェル『一九八四』(講談社)、『ヒップホップ経営学』(DU BOOKS)など多数。
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