※本稿は、川邉サチコ『87歳。“私基準”で生きる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
美醜は生まれもった造形では決まらない
あなたにとって「美」とはいったい何でしょうか。
何を見ると「美しい」と感じますか。どんな人を「美しい人」だと思いますか。
辞書を引くと「美」とは「姿形が美しく、内容があって、感性理性の調和がとれていること」とあります。ただ、「調和のとれた美しさ」には個々の価値観があります。それこそが“私基準の美”です。決して誰かの手に委ねてはならないし、委ねられるものでもありません。社会の風潮が決めるものでもないし、時代の価値観に左右されるものでもありません。一人ひとりが“私基準の美”を、自由に健やかに選び取ること。その経験を経てこそ、その美しさは真実味を増す。「美」とは、自分で探し、自分で発見し、自分でつくり上げるものなのです。
そう思い至るようになったのには、理由があります。私は26歳でヘアメイクアップアーティストとしての道を歩き始め、才能豊かなクリエイターたちと切磋琢磨し、高いプロ意識をもつモデルや俳優たちの肌や髪、心に触れ、世界に向けて美を創造してきました。
56歳でプライベートサロンを開き、一般のお客様と向き合いながら、トータルビューティクリエイターとして、一人ひとりの美のポテンシャルを開花させてきました。それぞれの現場を経てわかったのは、美醜は生まれもった造形ではないし、年齢で限定されるものでもない。「自分の心と体とを大切にした人が美しくなる」という当たり前の事実でした。自分を大切にするとは「自分をより深く知って、自分のやり方を見つけて腹落ちさせること」。それこそが美の王道であり近道です。60年以上のキャリアを重ねてきた私だからこそ、そう断言できるのだと思います。
当然のことですが、「美容法は、自分で探して試して身につけるもの」。それが80代の今も変わらないポリシーです。昨今は美容や科学技術が進化していますが、自分の肌質をよく理解し、自分の手を使って肌の力を高めること。顔をよく見て、メイクアップスキルで造形をつくり上げること。これが何にも勝るというのが私の持論です。
インスタントの美はすぐに見抜かれる
イージーに、スピーディにきれいになりたいのだなと感じる人もいます。でもインスタントの美しさはすぐに見抜かれます。他人の手が仕上げたその日だけの美しさより、日常のある瞬間、ふとした横顔が輝いているほうが何倍も価値がある。美しく年齢を重ねるには、逆の発想ですが、衰えていくことを想定すること。それを踏まえて、計画的に小さな努力を実践すること。これ以外に方法はないのです。
「美しくなりたい」と言う人に限って、体の表面ばかりを見て、内面に目を向けていないように感じます。注射やメスを入れて吸引したり注入したり、引き上げたり……いろんな美容医療がある昨今ですが、エビデンスが不十分に思えて疑問符が浮かびます。体の仕組みを包括的に理解することは、自分を大切に扱うことにつながります。それが美しくあることの基本で、大人のたしなみだということを認識してください。
美しさを手に入れるには、日々積み重ねることしかありません。自分の手で肌状態の変化を確認する。それは自分自身への責務だと思うのです。
そのために大切なのは、どうなりたいかをしっかりイメージすること。「それがわからない」と嘆く人もいますが、心の中をのぞいてみれば、「ああなりたい、こうなりたい」という思いが渦巻いているはず。自分自身の本音を問えば、思い描く姿を明確にできるはずです。