「生活の質」に生じる決定的リスク
故郷の駅前商店街がシャッターを下ろし、商業施設が廃虚化していく一方で、新宿の雑踏は日を追うごとに密度を増していく。日本のどこかで「日常」が失われるとき、品川や日本橋に新しいビルが建つ。
東京一極集中が加速している。
街の規模も、物価も、ビルの高さも、すべてが青天井に上昇していくその様子は、もはや一国家の都市計画という枠組みを超え、制御できない巨大な一個の生命体のようにも見える。毛細血管のようにインフラが張り巡らされ、24時間滞ることのない血流のごとく人びとが行き交う。このまま東京は日本を飲み込む街になってしまうのだろうか。
……いや、必ずしもそうではないかもしれない。
というのも、東京が全国から人を集める独り勝ちの状況を続けていけば、東京はやがて、そこで暮らす人びとの生活の質に決定的なリスクを抱える都市になるかもしれないからだ。
「アフォーダビリティ・クライシス」
東京が抱えうるその決定的なリスクこそが「アフォーダビリティ・クライシス(アフォーダビリティの危機)」である。詳しくは『土地総合研究』に掲載の日本大学中川雅之教授の論文「アフォーダビリティ・クライシスとはどんな現象なのか?」(『土地総合研究』2025年秋号)を参考にしていただきたいが、一部引用し、簡単に説明したい。
「アフォーダビリティ・クライシス」とは、「世界各国でインフレ対策として金利を急激に引き上げた結果、大都市で手ごろな住宅を購入できない」現象である。
その結果として、この論文では次のような状況が起きることが懸念されている。
「住宅価格高騰は、その都市に住んでいた、あるいはこれまでは流入できた若年者、低所得者をクラウドアウト(押し出し)するかもしれない」
「東京の経済活動や生活を支えるためには、公共サービスを提供する人たちや医療や福祉などのエッセンシャルワーカーが不可欠だ。アフォーダビリティ・クライシスはこれらの人たち、特に若いエッセンシャルワーカーの住む場所を大きく制限する可能性がある」
※「」内は引用部分
すなわち、都市部の生活インフラの維持に支障をきたすリスクが高くなるということだ。エッセンシャルワーカーをやってくれるような層は都市部に住めなくなるし、わざわざ遠路はるばる働きに来てくれるとは限らない。

