「学生街の消滅」が意味するもの
実際、東京ではこの「アフォーダビリティ・クライシス」がじわじわ進行中であるといえる。その典型的な兆候が「学生街の消滅」である。
学生街とは文字どおり大学周辺や同一沿線にある学生が多く暮らす街のことを指すわけだが、その名に反していま学生街から学生がいなくなっているという。学生街なのに学生が暮らしていないというのは冗談のようだが、本当にただの街になっている。
※参考:集英社オンライン「令和の学生寮が大変貌! 人気を集めるシアター、プール付き下宿には『なめてるのか!』の声も…もはや貧乏学生は絶滅危惧種に」2025年10月14日
東京の代表的な学生街といえば、高田馬場、高円寺、阿佐ヶ谷、駒場、茗荷谷、王子、中野などが挙げられる。ここで例示した街すべてワンルームマンションの値上がりが著しく、生活にストレスをきたさない程度のそれなりに清潔な物件を探すだけでも、9万~12万円ほどの家賃になっていて、これは学生にとっては手痛い出費だ。ここに物価高騰著しい日々の食費や光熱費や通信費・交通費が加わると、月に必要な生活費はゆうに18万~20万円に達する。数年前の新人サラリーマンの月収とほとんど変わらなくなってしまう。
さすがに無理があるということで、かれらは学生街で独り暮らしをするのをやめ、もっと遠方にある超格安アパートとかあるいは実家から大学に通うようになっている。
学生は「重要な人的リソース」
「いやいや、東京の学生街に学生が住めなくなっているとしても、べつに学生以外の人には無関係では?」――と思われたかもしれないが、そうではない。なぜなら学生というのはただ勉強している人というだけではなく、都市部におけるパートタイムのエッセンシャルワークの担い手としてもきわめて重要な人的リソースでもあるからだ。
都市部のスーパーやコンビニや飲食店のスタッフ、あるいは運輸・配送業のスタッフなど、都市生活者の「住み心地」を守るために不可欠なマンパワーを供給している役割を学生たちは少なからず担っていた。しかし都市部に散在する学生街で学生が暮らさなくなったせいで、それが成立しなくなってきているのだ。
遠方の実家から都市部の大学に通う学生たちは、当たり前だが夕方~夜のバイトに入ることは難しい。また土日祝にはわざわざ用がないのに東京都心に出てくることはない(部活動をやっている人は土日祝も都心部に出てくるが、そもそも部活をやっているのでアルバイトをやる時間はない)。かれらはアルバイトだって地元で探すことが多い。ゆえに東京都心部ではいま「学生バイト」をそもそも確保できなくなっている状況がある。

