公立の学校で通知表をなくすことは可能
神奈川県茅ヶ崎市にある市立香川小学校は、2020年に通知表「あゆみ」を廃止した。
この出来事は共同通信がいち早くニュースとして取り上げ、後に廃止までの詳細な経緯を記した書籍(『通知表をやめた。茅ヶ崎市立香川小学校の1000日』日本標準)が出版されたことで、広く全国に知れわたることになった。
“通知表をやめた”インパクトはすさまじく、香川小と廃止当時の校長である國分一哉さんの元には、教育関係だけでなくさまざまなジャンルのメディアから取材が殺到。SNSには賛否両論のコメントが渦巻くことになった。
それはそうだろう。筆者も含めて、教育関係以外のほとんどの人間は「通知表をなくしてもいい」ということを知らなかったのだ。独自の教育を行っている私立の学校ならともかく、公立の学校で通知表を廃止することが可能であるという事実は、それだけでニュース・バリューのあることだったと言っていい。
指導要録という「学籍と指導に関する記録」を残すことは、法律によって学校長に義務づけられているが、通知表の内容や体裁だけでなく、学期末に通知表を生徒ひとりひとりに手渡すかどうかという根本の部分さえ、各学校が独自に決めてもよかった、いや、独自に決めるべきものだったのである。
香川小の全国にさきがけた挑戦はなぜ可能だったのか、その具体的なプロセスも興味深いのだが、むしろ重要なのは、このトライアルが現在の公立学校の逼塞した状態に対して持っている意味である。
いじめと不登校が過去最多を記録し、教員志望者が激減している現代に、香川小の「通知表をやめた」経験は、いったいどのようなメッセージを携えているだろうか。
ワンマン校長として乗り込むのは嫌だった
國分一哉さんが香川小学校に校長として赴任したのは、通知表廃止決定に遡ること3年、2018年のことだった。
前任の市立松浪小学校1校で、担任教諭→教頭→校長という三段階を経験していた國分さんは、「校長先生」と呼ばれるよりも、「コクセン」というあだ名で呼ばれる方がしっくりくるという感覚の持ち主だった。
「一般教員だった時代に、せっかく職員会議で議論して決めたことを校長のひと言でひっくり返される経験をしていましたから、ワンマン校長として香川小に乗り込んでいくのは嫌でね、職員と一緒になって、何でも話し合って決めていきたいと思っていたんです。校長室は寂しいからひとりぼっちにしないでね、なんて冗談を言いながら(笑)」

