(前編から続く)
“通知表なしネイティブ”の子どもたちに見られた変化
通知表をなくしたことで香川小の子どもたちにどのような変化が起きたかを國分さんに尋ねてみると、すかさずこんな答えが返ってきた。
「取材で必ず聞かれるのが、『どんな変化があったか数字で教えてくれ』ということなんです」
痛いところを突かれた。成果を分かりやすく数字で教えてくれという質問こそ、総括的評価の発想に違いない。
「学年ごとの特性もあるので変化を検証するのは時間のかかることだし、目に見える変化がなかったとすれば、それはそれで、通知表がなくてもいいことを逆に証明していることになると思います。ただ新入生の時から通知表なしで育って3年生になった子どもたちには、大きな変化が見られたと言っていいと思います」
小学校生活の途中から通知表がなくなったのではなく、入学したときからなかった、いわば“通知表なしネイティブ”の子どもたちである。
「明らかに、テストの点数ではなくて、どこを間違えたかを見る子たちになりました」
子どもは正解を求められていると思うと自由に発言できない
そして、もうひとつ。
「教室の中に、できた子ができなかった子に教えるムードが自然にできて、しかも、序列感は生まれなかった。これはとても大きな変化でした」
教師が唯一の正解を答えさせようとするのではなく、多様な答えを受け入れ、答えを出すまでのプロセスを重視するようになったことで、授業中の挙手や発言が格段に多くなったという。
「子どもって、正解を求められていると思うと自由に発言できないんです。教師が『他に答えは?』なんて言うと、『ああ、最初の答えは間違いだったんだ』と受け取って、正しい答えが分かるまで手を挙げなくなってしまう。でも、正解することをゴールにしない授業をやると、いろいろな意見を言うようになる。もちろん授業はとっ散らかりますよ。でも、それをさばいていくのが教師の腕じゃん、ってことですよ」
國分さんは、「この学年の子どもたちは、とてもホンワカしていていい学年だった」と表現する。
しかし、保護者からの批判の矛先も、まさにこの「ホンワカ」に向けられていたのである。

