認知症の人が見ている世界はどんなものなのか。川崎幸クリニック院長の杉山孝博さんは「認知症の進行によって、脳の満腹を感じる部分に障害が起こる可能性もある。本人にしてみれば、食べた記憶もなく空腹感もあるので『食べていない』のはゆるぎない事実。それに寄り添ってあげる気持ちが大事だ」という。イラストレーターの上大岡トメさんが聞いた――。

※本稿は、上大岡トメ『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』(主婦の友社・監修:杉山孝博、黒田尚子)の一部を再編集したものです。

認知症・理解ワード① 記憶にないことは事実じゃない

CASE1 「夕飯を食べていない」と言い張る義父
イラスト1
イラスト=上大岡トメ

A子さんと同居している義父は、年々もの忘れがひどくなり、最近では1分前に話したことも忘れてしまいます。同じことを何回も質問するので、「さっき教えたじゃない」と言うと「聞いてない」と言います。あまりに何度も聞くので壁に書いて貼っておいても見てはくれません。A子さんが特に困っているのは、「夕飯を食べていない」と言われることです。

「さっき食べたでしょ?」と言っても「そんなことはない。おなかがすいた」と言い張ります。残り物があるとそれを出すのですが、「これしかないのか」としょんぼりされると腹が立ちます。結局、それも全部食べてしまう義父を見て、食べすぎではないかとA子さんは心配になっていると言います。

「正解」を伝えるより、本人にとっての“事実”に寄り添う

記憶障害は認知症のもっとも基本的な症状です。見たり聞いたりやったりしたことを思い出す力(記銘力)が低下するので、「さっきも言った」と言われても記憶を引き出せないのです。だから同じことを平然と何度も聞き、「わかった」と言ってもすぐ忘れてしまいます。腹が立つのも当然ですが、何度も質問するのは「忘れている」ことへの不安があるからだということをわかってください。時間が許す限り教えてあげたほうが不安感もしずまり、質問せずにすむかもしれません。

過食も認知症の人にありがちな行動です。認知症の進行によって、脳の満腹を感じる部分に障害が起きている可能性もあります。本人にしてみれば、食べた記憶もないし空腹感もあるわけですから「食べていない」のはゆるぎない事実。それなのに「食べたでしょ」と言われると不安や失望につながります。「今作っているよ」と伝えたり、「まずこれを食べて待っててね」と少しだけ食べさせて様子を見ましょう。わかってもらえた安心があれば、空腹だったことも忘れられるかもしれません。