アメリカで妊娠中絶を禁止し、厳罰化する動きが各州で進んでいる。医師で、ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院助教授の柏木哲氏は「保守的な州では中絶の厳罰化が行われている。医療従事者は萎縮して、妊婦や胎児の生命が危険にさらされている」という――。
中絶の権利を認めない…アメリカの医療現場で広がる混乱
2022年6月24日、アメリカ最高裁は妊娠中絶の権利を保障したいわゆる「ロー対ウェイド判決」を覆した。憲法上認められた中絶の権利は、各州の判断に委ねられた。
筆者は中絶容認派が多数を占めるマサチューセッツ州ボストンに住んでいる。同年5月にリーク報道があり、予想されていた事態とはいえ、このニュースを受け多数の市民が動揺していた。ボストン市長、州選出の上院議員、州司法長官などは緊急記者会見を開き、全米各地でも多くの抗議行動が行われた。
リベラルなワシントンDCと20の州では引き続き中絶が合法となった。筆者の住むマサチューセッツ州では州知事が、同州の役所が他州の中絶捜査への協力を禁ずる知事令を発するなどした。
筆者の勤務するマサチューセッツ総合病院とハーバード大学医学部は、混乱を避けるために、同病院での中絶処置は今まで通り行われる旨の通達を出した。
しかし、中絶規制に乗り出した保守的な州ではすでに混乱が起きている。
アメリカのシンクタンク・ガットマッハー研究所によると、7月24日現在、ミシシッピ州やテキサス州など保守的な11州で即時、または早期に中絶が違法になり、43の中絶クリニックでサービスの提供が中止された。合計26州で中絶規制が実施されると予想されている。
アメリカの妊娠中絶の問題は、政治的・宗教的な立場が優先され、医学的な議論が不十分なまま規制が実施されてきた経緯がある。本稿では、この問題がアメリカの患者や医師にどのような影響を与えているのか紹介したい。