アメリカでは、中絶した女性ではなく、中絶を助けた者に厳罰が下される。そのため医療従事者のほか、例えば、中絶に向かう妊婦と知りながら乗せたタクシードライバーも罪に問われてしまう。

厳罰化は世界的な潮流であり、敬虔なカトリック教徒の多い中南米の国でも見られる。レイプ犯が「10年未満の収監」に対し、中絶への刑罰は数十年とするところが多く、理不尽なほど厳罰化する傾向がある。

「生命の危険」がなければ中絶はできない

規制が先行する事態に、医学界は声を上げている。アメリカ産婦人科学会アメリカ医師会などが「このような中絶規制下では、現場の医療従事者が患者にベストな医療を提供できない」と非難の声明を出している。

特に問題なのが、中絶禁止の例外条項が死文化している点だ。中絶を規制する法令の中には、「母体の生命を脅かす場合には中絶を認める」という条項がある。しかし、詳細な議論に先行して規制が敷かれたことで、その条項が具体的にどのような場合を指すのか曖昧なままである。

2021年9月、中絶規制が成立したテキサス州である妊婦が注目を集めた。妊婦は18週で前期破水し、流産は避けられない状態であった。母体には高熱などの非常に危険な感染の兆候があるにもかかわらず、胎児の心臓が停止するまで待機させられた。

テキサス大学のアレイ医師は医学専門誌への寄稿で、同じような前期破水の状態で急変リスクを抱えながら、中絶処置のために他州へ飛行機などで移動した妊婦も複数いたと指摘。担当医に「飛行機の中で死産に至った時にどうするか」の指導を受けて移動したという。

妊婦の敗血症は進行が早いため手遅れになるケースも多い。よって待機的な医療は適切でない。2012年にもアイルランドで同様の事例があった。妊婦は17週の前期破水で、敗血症のサインが見落とされ死亡した。

同国はローマ・カトリックの国だ。当時の法律では胎児に心拍がある場合に中絶は禁止されていた。違法な中絶は終身刑となり得るため、医療従事者は慎重にならざるを得なかったことが原因といわれている

規制により、アメリカでも同様な悲劇が繰り返されてしまったわけである。

流産への処置を恐れる医師

刑事罰を恐れる医療従事者は慎重にならざるを得ず、「適切な医療」を妨げている。これは流産への処置でも見られる。

胎児が死亡するなどで自然に流産する可能性は15%以上ともいわれ、その頻度は低くない。しかし、出血がはじまり、子宮内容が外に出てきている進行流産の状態で受診した場合、妊婦が何らかの方法で中絶を試みたのか、自然流産した胎児の排出過程にあるのか、受診のタイミングによっては不明なこともある。