JR東日本 元社長 清野智 せいの・さとし●1947年、仙台市生まれ。東北大学法学部卒業後、70年国鉄入社。国鉄分割民営化で87年にJR東日本入社。96年取締役、2000年常務、02年副社長を経て06年より社長。12年4月より会長就任。

清野智は4月、社長の椅子を副社長(総合企画本部長)の冨田哲郎に譲り、会長に就任する。その冨田を待ち受ける大きな課題がある。東日本大震災の津波で大きな被害を受け、現在も不通が続く東北地方の7つの路線の復旧だ。

被害の程度はとにかく「凄まじい」の一言に尽きる。被害を受けた個所は1730カ所。このうち駅舎の流失が23駅、線路の流失・埋没が65カ所(延長約60キロ)、橋梁の橋桁の流失・埋没が101カ所、軌道の変位が約250カ所、電化柱の折損・傾斜・ひび割れが約950カ所……。震災前は特急「ひたち」が頻繁に行き交っていた常磐線の広野~原ノ町間は、被害状況の確認は困難を極めている。常磐線や仙石線等の一部区間で運転を再開したほか、八戸線は3月17日に全線で運転再開する予定だが、その他の線区の復旧については、地域全体の復興や「まちづくり」の計画策定と一体となって進めていく必要があることから、国・地方自治体と協議が進められている。

JR東日本と同様に津波で甚大な被害を受けた三陸鉄道が、国や地元の全面的な資金援助を受けて復興に向けた槌音を響かせ始めたのに対して、JR東日本は具体的な一歩をなかなか踏み出せないでいる。被災した路線を仮に震災前の姿に戻すだけでも復興費用は約1000億円と試算され、安全を確保するための線路移設などにはさらに費用を要する。黒字のJR東日本の場合、現行法の下では国からの資金的な支援は受けられない。先日、仙石線の一部区間について線路を移設して復旧することが発表されたが、JR東日本は、用地の確保も含め新線建設と同等の大規模工事が必要になるため、公的支援を要請している。

「我々の役割はできるだけ早く安全に乗っていただくサービスを提供すること。今回の津波では幸いにもお客さまに死傷者は出なかったが、これまでと全く同じ場所に線路を敷いて復旧させた場合、また津波に襲われれば今度はどうなるかわからない。津波が来ても列車はレールから離れられないが、バスなら運転手の判断で安全な場所に逃げることや、避難しやすい場所まで移動することも可能です。街の復興に向けた議論が固まらない中で、地元に暮らすお客さまの足を最優先に考えるなら、まずは仮復旧という形でも、舗装した鉄道の軌道や既存の道路も一部利用したBRT(バスによる高速輸送)で運行を再開するほうがいいのではないかと思うのです」(清野)

「社長就任時から考えていた」という6年という任期を終えた清野から冨田につながれたバトンには、人口減少社会に加えて「地震の被害との闘い」という重い課題が含まれている。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(矢島宏樹、桜井義孝、奥谷 仁、小倉和徳=撮影)