細川明良●新幹線運行本部長(当時)
東北新幹線の復旧工事は普段JR東海や西日本の工事を行っている施工会社、さらには新幹線と同じ1435ミリの軌道幅である京浜急行の測定車両を借用するなど、多くの関係者の協力を得た。現場では線路の変位を直す軌道工事と架線を張る電気工事の関係者が連携を取り、復旧は順調に進んでいった。運転再開区間も大宮~那須塩原間(3月15日)、盛岡~新青森間(3月22日)と徐々に拡大。地震発生から約1カ月後の4月7日には新たに一ノ関~盛岡間で運転が再開され、残る被害個所は約90カ所にまで減っていた。だが、まさにその日の夜、宮城県で最大震度6強の大きな余震が発生。東北新幹線には電化柱と架線を中心に、新たに550カ所もの被害が出てしまった。翌8日に現場に行った作業員たちは、再び受けた激しい被害の状況に茫然となったという。
「凄まじい余震でした。仙台周辺の被害は、こちらのほうが大きかった。運行指令室や現地のメンバーも『心が折れそうになった』と話していました。あれがあったために、5月の連休に全線復旧を間に合わせるのは極めて困難な作業になりました」(細川明良)
JR東日本 元社長 清野智 せいの・さとし●1947年、仙台市生まれ。東北大学法学部卒業後、70年国鉄入社。国鉄分割民営化で87年にJR東日本入社。96年取締役、2000年常務、02年副社長を経て06年より社長。12年4月より会長就任。
それでも「4月29日」という全線復旧の予定日は変えなかった。JR東日本の社員だけでなく、復旧に携わった全員の中に「震災発生後初めてのゴールデンウイークに、東北の被災地に被災者の関係者やボランティアを運ぶ」という使命感があったからだ。細川は「とにかく『つなぐ』のだと。鉄道魂というか、鉄道員としての誇りみたいなものを感じながらやっていました。運転を再開したときに、新幹線に向かって多くの地元の方が手を振って喜んでくださった。今でもあのビデオを見るとみんな涙ぐみます」と話す。
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(矢島宏樹、桜井義孝、奥谷 仁、小倉和徳=撮影)

