ドイツは第2次世界大戦の反省から、これまで紛争地帯に攻撃的兵器を提供してこなかった。ところが最近になってウクライナに供与する意向を示した。なぜ態度を急変させたのか。元外交官で作家の佐藤優氏が解説する――。(連載第9回)

日本のメディアは取り上げないが、ロシアでは大問題に

ロシアのプーチン大統領は5月9日、戦勝記念日の式典における演説で、ウクライナへの「特別軍事作戦」を改めて正当化しました。

去年12月、われわれは安全保障条約の締結を提案した。ロシアは西側諸国に対し、誠実な対話を行い、賢明な妥協策を模索し、互いの国益を考慮するよう促した。しかし、すべてはむだだった。NATO加盟国は、われわれの話を聞く耳を持たなかった。つまり実際には、全く別の計画を持っていたということだ。われわれにはそれが見えていた。

ドンバス(引用者註:ウクライナのドネツク州とルハンスク州)では、さらなる懲罰的な作戦の準備が公然と進められ、クリミアを含むわれわれの歴史的な土地への侵攻が画策されていた。キエフは核兵器取得の可能性を発表していた。

ロシアが行ったのは、侵略に備えた先制的な対応だ。それは必要で、タイミングを得た、唯一の正しい判断だった。(訳はNHKのHP

停戦条件などの具体的な言及はなく、この戦争が長期化しそうな見通しを裏付けただけでした。停戦を実現できない最大の理由がプーチン大統領の野望にあることは当然ですが、ドイツのショルツ首相の4月19日の発言も原因のひとつになった、と私は捉えています。日本のマスメディアはほとんど取り上げていませんが、ロシアでは大きなニュースになりました。

独ショルツ首相の発言で、戦争の勝敗ラインがはっきりしてしまった

ベルリン発のロシア国営タス通信の報道を、そのまま引用します。

オラフ・ショルツ独首相は、ウクライナでロシア軍の勝利を許してはならないと呼びかけた。このことをショルツは、火曜日(19日)に西側諸国指導者が参加したビデオ会議の結果についての記者会見で述べた。

会議にはジョー・バイデン米大統領、アンジェイ・ドゥダ・ポーランド大統領、エマニュエル・マクロン仏大統領、クラウス・ヨハニス・ルーマニア大統領、ボリス・ジョンソン英首相、岸田文雄・日本国首相、マリオ・ドラギ伊首相、シャルル・ミシェル欧州理事会議長、イエンス・ストルテンベルグ北大西洋条約機構(NATO)事務総長、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長も参加した。

「欧州連合(EU)並びにNATOにおけるパートナーと共にわれわれは、この戦争でロシアが勝ってはならないとの見解で完全に一致している」とショルツは述べた。

2022年4月19日、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、米国、フランス、ポーランド、ルーマニア、日本、英国、イタリア、欧州理事会、欧州委員会、NATOの首脳と電話会談を行い、声明を発表した。
写真=EPA/時事通信フォト
2022年4月19日、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、米国、フランス、ポーランド、ルーマニア、日本、英国、イタリア、欧州理事会、欧州委員会、NATOの首脳と電話会談を行い、声明を発表した。

この発言の何が重要か。戦争に勝ったか負けたかという評価は、勝敗ラインをどこに引くかによって決まります。逆に言うと、双方が勝敗ラインについて合意しなければ、戦争は止められません。欧米の主要国の指導者は、この戦争の勝敗ラインを明確にしてきませんでした。しかし米英仏独日やEU、NATOの首脳が顔をそろえた会議後の「ロシアを勝利させない」という発言は、西側全体の目標と受け止められます。この目標は5月8日にオンラインで行われたG7首脳会合でも確認されました。