熟練した政治家なら、相手の逃げ道をふさぐような発言はしない

ショルツ首相の発言によって、ロシアとしては停戦条件のハードルを上げられた格好です。ショルツ発言の前までは、ドネツク州とルハンスク州のうち、親ロ派武装勢力がすでに実効支配している領域に関してはロシアの主張を認め、ウクライナが今後の中立化を約束することで、停戦に至る可能性がありました。しかし西側全体の目標としてロシアを勝利させないと言うのなら、現状で停戦ラインを引いても将来は危ないと考えるようになったのです。

熟練した政治家であれば、相手の逃げ道をふさぐような発言は控えるものです。アンゲラ・メルケル前首相なら、こんなことは言わなかったでしょう。ショルツ政権は開戦前の2月半ばにウクライナにヘルメットを5000個送ると言って顰蹙を買いました。開戦後も戦車や重火器を直接供与することは避けてきました。ところが最近になって、榴弾砲など重火器の供与に踏み切り、ロシアへのエネルギー依存からの脱却も表明しました。

第2次世界大戦の反省からドイツが紛争地帯に攻撃的兵器を提供することはありませんでしたが、ショルツ首相はこの路線を変更し、強硬姿勢に転じたわけです。その理由は、連立政権を組む緑の党に引っ張られたためだと思います。

2005年にドイツの首都ベルリンに設立された「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。
写真=iStock.com/Callum Hamshere
2005年にドイツの首都ベルリンに設立された「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。

戦後ドイツの原則「紛争地に兵器を送らない」を急変させた本当の理由

ショルツ政権はショルツ首相が所属する社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党による連立政権であり、これはドイツ国政史上初となります。政策が大きく異なる3つの党をどう束ねるのか、発足当初からその手腕が問われてきました。メルケル前首相と違い、ショルツ政権は権力基盤が脆弱ぜいじゃくなのです。

緑の党は環境重視ですから、平和志向のイメージが先行しています。しかし、同党を率いてきたベーアボック外相の強気な発言を見ればわかる通り、ロシアに対しては厳しく、ウクライナへ戦車や重火器を送るべきだと強く主張し、慎重姿勢だったSPDに迫りました。

5月15日、ドイツ最大の人口と国内総生産(GDP)を誇るノルトライン・ウェストファーレン州で州議会選挙が行われ、ショルツ首相の所属するSPDが支持を大きく下げました。5月8日に行われたシュレスウィヒ・ホルシュタイン州議会選挙でもSPDは大敗しています。どちらの選挙でも、緑の党は支持を伸ばしています。ウクライナ支援を強く主張していることが支持につながったためです。