アメリカはウクライナに兵器を供与しつつも派兵は否定し続けている。元外交官で作家の佐藤優さんは、「バイデン大統領が派兵しないと早々に宣言したことで、世界の国々の地政学的な位置づけが変わった。多くの国が、アメリカを怖がらなくなった」「ロシアは意外と孤立していない」という。
2017年5月30日、モスクワのクレムリンで会談中のサウジアラビア副皇太子兼国防相ムハンマド・ビン・サルマンと握手するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)。
写真=AFP/時事通信フォト
2017年5月30日、モスクワのクレムリンで会談中のサウジアラビア副皇太子兼国防相ムハンマド・ビン・サルマンと握手するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)。

バイデン発言で、多くの国がアメリカを怖がらなくなった

アメリカの関心がウクライナに引きつけられているせいで、すでに漁夫の利を得ている国があります。中国の新疆ウイグル自治区の人権問題はどうなったのか。台湾海峡からも、国際社会の関心が以前よりも薄れています。イランの核問題もそうです。北朝鮮はアメリカ本土まで届く大陸間弾道ミサイル(火星17号)を打ち上げ、核実験再開の動きも見せています。

バイデン大統領がウクライナへ派兵しないと早々に宣言したことで、世界の国々の地政学的な位置づけが変わりました。多くの国が、アメリカを怖がらなくなったのです。何をしでかすかわからなかったトランプ前大統領と、バイデン大統領との違いが浮き彫りになったともいえます。

その意味から言うとプーチン大統領の強さとは、核兵器や生物兵器を本当に使うかもしれないと思わせるところにあります。何をしでかすか予想がつかない相手なら、妥協するしかないという結論へ導けるわけです。もっとも実際にロシアが大量破壊兵器を使用するのは、ロシアが圧倒的な劣勢に追い込まれ、国家存亡の危機に瀕したときだけです。そういう状況にはならないと私は見ています。

「お前なんか怖くないぞ」と宣言したに等しい措置

ロシアはバイデン大統領に対して、入国禁止措置を科しました。大した意味を持たないように見えますが、実は「お前なんか怖くないぞ」と宣言したのに等しい。私の知る限り、北朝鮮もイランもこうした措置はとっていません。米ロの外交関係断絶の可能性すら今後出てくると、私は思っています。

現在のアメリカには、長期戦略があるように見えません。これまで「第3次世界大戦は避けたい」と明言し、ウクライナに対し、戦闘機などの攻撃的な兵器の支援は避けてきました。4月13日にりゅう弾砲や軍用ヘリコプターなどこれまでより強力な重火器の供与を発表、4月19日に長距離の砲撃兵器など重火器を追加供与する考えを示しましたが、対応は後手後手です。

バイデン大統領の胸の内を探るなら、ウクライナに兵器を供与してできるだけ頑張ってもらえば、ロシア人の残虐さを世界中に示せる。そして、この戦争が終わったあとのロシアの立ち位置を、少しでも弱くしたい――。それ以上の戦略は見えてきません。

中国も「できるだけ戦争が長引いてほしい」

戦争ができるだけ長引いてほしい点では、中国も一致しています。バイデン大統領が怖い存在ではなく、有事に米軍が動かないことは、習近平主席にも悟られてしまいました。ならば台湾へ出て行く時期だ、と決断する可能性は大いにあります。

中国と台湾がひとつの国であることに関しては、国際社会が認めています。武力で攻めたとしても他国への侵略ではなく、国内問題の処理にとどまります。懸念は、台湾援助法を結んでいるアメリカが出てくるかどうかでした。今回アメリカがウクライナに軍を送れないせいで、台湾危機が高まったと私は見ています。