子どもに向けた哲学書・道徳書
盧溝橋事件が勃発し、泥沼の日中戦争が始まる1937(昭和12)年に、少年向け読み物として出版されたのが本書『君たちはどう生きるか』である。現在は岩波書店をはじめ複数の出版社からそれぞれの装丁で販売され、世代を超えて多くの読者に愛読されている。2017年に出版された羽賀翔一氏による漫画版が200万部超のベストセラーとなったことでも注目された。
著者は、戦前戦後を通じて活躍した進歩的文化人の吉野源三郎。旧制中学2年の「コペル君」(本名は本田潤一)を主人公に、コペル君が体験したり考えたりしたことを小説仕立てで描いていく。その間に、コペル君のメンター的な存在である帝国大学出身の若き知識人「叔父さん」による「ノート」を挟み込んだ構成だ。
『君たちはどう生きるか』は、もともと「日本少国民文庫」全16巻シリーズの一冊として書かれたもので、作者はこのシリーズの編集主任も務めていました。その後、岩波書店に入社して、岩波新書を創刊。戦後は雑誌『世界』初代編集長を務め、岩波少年文庫の創設にも尽力しました。『世界』に寄稿していた学者・知識人と共に市民団体「平和問題談話会」を結成し、反戦運動にも取り組んでいます。
本書はこうした活動の、いわば原点とも言える作品です。日本少国民文庫シリーズの配本が始まったのは、1935年。その4年前、日本は満州事変をきっかけとして、アジア大陸に侵攻をはじめます。日本国内には、戦争へと突き進む重苦しい空気が広がっていました。軍国主義に異を唱える人はもちろん、リベラルな考え方の人も弾圧され、作者自身も治安維持法違反で逮捕されるという経験をしています。
そんな時代だからこそ、次代を担う子どもたちには、ヒューマニズムの精神にもとづいて自分の頭で考えることの大切さを伝えたい。すでに言論の自由も、出版の自由も著しく制限されていましたが、偏狭な国粋主義から子どもたちを守らなければという強い思いから、この本は生まれたのでした。
戦前に書かれたにもかかわらず、この作品は戦後も売れ続けます。むしろ戦後のほうがよく売れたのではないでしょうか。戦時を知らない多くの子どもたちが、この本を手にとり、引き込まれていきました。かくいう私も、その1人です。
私がこの本と出合ったのは、小学生のとき。珍しく父が私に買ってきた本でした。当初は「親に読めと言われた本なんて」と反発していましたが、読んでみると面白く、気がつくと夢中になっていました。
ひと言で言うなら、これは子どもたちに向けた哲学書であり、道徳の書。人として本当に大切なこととは何か、自分はどう生きればいいのか。楽しく読み進めながら自然と自分で考えられるよう、いくつもの仕掛けが秀逸にちりばめられています。