なぜコサック兵を賞賛したか

歴史をどう見るか、戦争をどう考えるか。これは、この作品の大きなテーマの1つです。作者はナポレオンを取り上げ、読者に問題提起しています。どんな話が書かれているのか、まずは読んでみましょう。

ジャーナリスト 池上 彰氏

これはコペル君が、同級生の北見君、浦川君と一緒に水谷君の家に遊びに行ったときのこと。水谷君のお姉さんのかつ子さんが4人を相手に、ナポレオンの英雄的精神について熱弁をふるいます。

敵に攻め込まれ、苦戦を強いられるなか、ナポレオンは敵のコサック兵の戦いぶりに感服し、見とれていたというエピソードを引きながら、かつ子さんは言います。

考えてごらんなさい、戦争よ。負けたら、命が危い場合よ。お互いに、相手を倒すか、自分が倒されるか、必死の場合よ。その中で、敵の戦いっぷりをほめるなんて、――敵の勇敢さに見とれるなんて、実際、立派だわ。(「五、ナポレオンと四人の少年」)

かつ子さんは、さらに勢いをつけて、ナポレオンが疲れきった兵隊をかき集めて最後の一戦に臨んだ話や、結局、その戦いに負けて捕らえられ、島流しにされたという話をしていきます。

一方で、この本を読んだ子どもたちが事前に書いてくれた感想文には、ナポレオンに対して否定的な意見が多かった(編集部注・池上氏は本書『君たちはどう生きるか』をテキストに東京の武蔵高等学校中学校で特別授業を行った)。彼の行いの、どんなところに共感できなかったのでしょうか?

子どもたちの多くがナポレオンに対して否定的だった理由の1つは、このエピソードに戦争を肯定するようなにおいを感じたから、ということです。

私は、違う読み方をしました。作者がナポレオンを取り上げた背景には、実にさまざまな意味があるように思います。

まず、ナポレオンのことを熱く語っていたのは、かつ子さんでしたね。ここで突然、女性が登場する。しかも、かなり威勢がいい。

かつ子さんは、ショートヘアにパンツルック。スポーツ万能で、跳躍のオリンピック選手を目指すほどです(1940年には東京オリンピックの開催が予定されていました)。いまは女性アスリートも、ショートヘアも、スカートをはかない女性も珍しくありませんが、この本のなかで、コペル君は「女の癖に、(中略)ズボンをはいている」ことに驚いています。

自分の意見をはっきり言う当時としては珍しいタイプの女性に、作者はナポレオンの英雄的精神や、少年たちの学校にいる横暴な上級生への批判を語らせているわけです。物語の展開として、これは読んでいて面白いですよね。少年たちが中心の物語の世界に、かつ子さんという女性をあえて登場させることで、小説としてのエンターテインメント性をもたせたのだと思います。