かつ子さんが、ナポレオンの英雄的精神を示すエピソードとして選んだのは、危機的状況のなかで敵のコサック兵を賞賛した、という話でした。これは、戦争の実際を知る、あるいは戦争について考えるうえで、1つの大きなポイントです。

吉野源三郎氏(毎日新聞社/AFLO=写真)

コサック兵は勇敢に戦った、と書かれていますが、では、ナポレオン軍はどうだったのか。重要な役割を果たしていたのは、外国人部隊でした。ナポレオンが征服した国々から集めた傭兵、いわゆる雇われ兵です。

60万もの人間がはるばるロシアまで出かけていって、氷や雪の中で、ほとんど全部みじめな死方をしてしまったということは、考えて見ると実に大きな出来事だった。この人々は、ヨーロッパの各地から集まった兵隊たちで、何も自分たちの国のためにロシアまで出かけていったわけではなかった。彼らは祖国の名誉のために戦ったのでもなければ、自分たちの信仰や主義のために戦ったのでもない。命にかけて守らなければならないものは何ひとつなく、ただナポレオンの権勢に引きずられてロシアまで出かけ、その野心の犠牲となって、空しく死んでいったのだった。(叔父さんのノート「偉大な人間とはどんな人か」)

軍国化する日本を婉曲に批判

ロシアに侵攻したとき、ナポレオン率いる大軍の実に半数以上はフランス人ではありませんでした。敗色が濃くなると、外国人部隊の士気はおのずと下がります。しかしコサック兵のように、自分の国を自分たちで守ろうとして戦っている国民兵は、敵の大群にもひるまない。これは近現代の戦争にも言えることです。

たとえば、太平洋戦争が始まるとき、日本が真珠湾を攻撃したことはよく知られていますが、同じ日に日本軍は、シンガポールを攻略するためマレー半島に奇襲上陸しています。

当時、あのあたりはイギリス軍が統治していました。歴史の教科書には、日本軍はイギリス軍を破って半島を占領したと書いてありますが、そこにいたイギリス軍の多くはインド兵です。イギリス人は将校だけで、前線で戦う兵士たちは、イギリスの植民地だったインドから連れてこられた人々。彼らにしてみれば、「マレー半島やシンガポールを守るために、なぜ自分の命を投げ出さなければいけないのか」ということになる。日本軍に押し込まれると、逃げ出してしまいます。

コサック兵のエピソードは、実は、戦争とはどういうものかということを考える大きなヒントになっているのです。どんなに弱い国も、自分の国が攻められると、みんな死にもの狂いになって戦うから強い。そもそも戦争というのはそういうものだと考えると、よその国を攻めていくということが、いかに愚かなことかということがわかります。