まずは北朝鮮側の言いたことを全部言わせる
1994年の初訪朝時、私は平壌で政府の要人と食事をすることになりました。力道山の娘、ヨンスクさんのご主人で、北朝鮮国家体育委員長のパク・ミョンチョル氏や、当時北朝鮮幹部ナンバー3と言われていたキム・ヨンスン書記に対応してもらい、食事会の場所まで案内してもらいました。
食事会と聞いていたのに、ついた会場は国会議事堂のような格式めいた造りの大きな建物で、会談が始まるやいなや30分ほどワーッと政治的な話を浴びせかけられ面食らってしまいました。日本の立ち位置だとか、日本のマスコミが自分たちの本意ではないことを脚色して報道し、言ってもいないことまで尾ひれがついて広まってしまっていると感情的になっていました。
私は一言も反論せずじっと耐えました。経験上、こちらがひとつひとつ反論するよりも、まずは相手に言いたいことを全部言わせたほうがうまくいくとわかっていたからです。もちろんこの時の訪朝は力道山のためであって政治的な意味合いはありませんでした。しかし私も国会議員のはしくれです。黙りっぱなしではいけない。そこで、ひとつだけ質問をぶつけてみることにしました。
「ところで、そちらのお国のミサイルは日本に向いているそうですけど」
途端に北朝鮮の役人たちの顔がこわばり、一瞬で空気が変わってしまいました。「まあまあ、そういうことはお互いの信頼が醸成されれば自然に解決しますよ。さ、食事にしましょう」といなされてしまいました。
食事会では多数の役人がテーブルを囲み、乾杯から朝鮮ウォッカを皆であおりました。酒も入り、少しは打ち解けてきたものの、役人たちはまだ日本のマスコミについて怒っていました。そこで私はイラクでの体験談を話し、ひとつの提案をしました。「平和の祭典」を北朝鮮でやりましょう。祖国の英雄である力道山が築き上げてきたプロレスというものを北朝鮮の国民たちに教え、世界中の人間を招待して「本当の北朝鮮」を直接その目に伝えればいい、と。
北朝鮮の人たちは力道山の試合のビデオは見たことがあっても、「本物の」生のプロレスは誰も見たことがありませんでした。
「では、私も今じゃ国会議員で、レスラーとしてはリングから片足下ろしている状態ですが、本物のプロレスをお見せしましょうか」。盛り上がった私がいつもの大きい声でまくしたてていたら、みんなビックリして集まってきました。人が十分に集まったことを確認すると、そこで私は「そういえば、北は日本にミサイルを向けているそうですけれど、俺たちのミサイルは北に向いているんです」と言いました。すぐに真意が分かった人もいましたが、ほとんどが「どういう意味だ」と聞いてきました。
ニヤリと笑って「だって北は美人が多いじゃないですか」と答えるとこれがウケにウケました。そこからはもう難しい話は一切ナシ。こういった流れはどこの国に行っても世界共通。私が得意とするやり方です。
※本連載は書籍『闘魂外交』(アントニオ猪木 著)からの抜粋です。