同じ言葉が、陣営ごとに違う意味を持つ

両党の支持層とも、選挙の正当性に懸念を抱いている。ただし、懸念の重点は異なる。一方は投票の不正を、もう一方は権力による選挙管理への圧力を心配している。

本書第2章で取り上げた古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは、『戦史』で、都市ケルキュラの内乱を記録した。争いが深まるにつれ、言葉がふだんの意味を変えていったと彼は書いている。同じ言葉が、陣営ごとに異なる意味で使われるようになる光景である。

そこで、読者に一つの問いを渡したい。

自分が支持する指導者にも、反対する指導者と同じ歯止めを求められるか。

どちらの党が正しいかを問うよりも、この問いの方が、民主主義の規範とは何かを具体的に考えさせてくれる。

赤と青の空に二分された背景のアメリカ国会議事堂
写真=iStock.com/Douglas Rissing
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トクヴィルが見た「あふれて、また戻る川」

この問いに、一つの答えを示してくれるのが、19世紀のフランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィルである。本書第3章では、トクヴィルが米国に見たものが、現代のフランスに現れるという構図も論じた。ここでは、トクヴィルが観察した米国そのものに目を向けたい。

トクヴィルは1831年、25歳のときに米国へ渡り、その観察を『アメリカのデモクラシー』にまとめた。そこには、大統領選挙の様子を描いた印象的な一節がある。選挙が近づくと、国じゅうが熱を帯び、選挙は人々の心を占める唯一の関心事のようになる。ところが、結果が出たとたん、その熱は引いていく。すべてが静まり、一時あふれた川が、穏やかに元の流れへ戻っていく。

選挙の熱が高いことは、民主主義の弱さではない。人々が真剣に争っている証しである。大切なのは、結果が出たあとに、川が元の流れに戻れるかどうかだ。