NHK「ブラッサム」では、東京で暮らす珠(石橋静河)が西洋レストランで働くシーンが描かれている。この話は史実が基になっているが、モデルとなった宇野千代は、そこでどのように過ごしていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、千代の回想などから当時の実像に迫る――。

「愛想のない私」が勤められた料理店の給仕

NHK朝の連続テレビ小説「ブラッサム」。第5週(10月26日~)は、珠(石橋静河)が東京帝国大学に入学した木村保(金子大地)……史実の藤村忠との生活が本格的に始まった。珠が働くことにしたのは、新聞広告に載っていた西洋レストラン・悠樂軒。さっそく出かけてみると店長の熊田(斎藤司)から、即採用を告げられる。

皿に盛り付けたコロッケ
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このレストランのモデルとなったのが、当時の本郷にあった西洋料理店・燕楽軒。現在のライフ本郷三丁目店の位置にあった西洋料理店である。

作中では、熊田が珠を階段に立たせて「笑って」と言い、採用を決めたが、史実の宇野千代は存外に無愛想。本人も、こう書いている。

給仕は客の求めに応じて、料理、酒などを運ぶだけで、そのほかの応対は禁じられていましたので、生来、愛想のない私でも勤めることができたのです(『私の文学的回想記』中央公論社、1972年)。

場所は本郷である。目の前には東京帝国大学。周りには腹をすかせた学生、書生、文士の卵がうようよしている。そんな街の西洋料理店に、「ものすごい美人」と評判の給仕がいる。

しかも、笑わない。……話題にならないわけがない。

笑わないことが男性たちを惹きつけたか

愛想のいい給仕なら「感じのいい子だね」で終わる。ところが、愛想のない給仕は男の闘争心に火をつける。「あの子を笑わせてみせる」「いや、俺なら話しかけられる」と、勝手に競争が始まるのである。現代で言えば、塩対応で有名なカリスマ店員のいる店に、わざわざ通い詰める客のようなものだ。

ドラマの熊田は「笑って」のひと言で珠を採用した。だが史実の千代は、笑わなくても勤まったどころか、笑わないことが逆に客を引き寄せていたふしがある。

本人は「愛想のない私でも」とさらりと書いている。だが、のちに尾崎士郎、東郷青児、北原武夫と、男たちが次々に心を奪われていくのが宇野千代という人物である。給仕の仕事ぶりを見て、男たちが放っておかなかったとしても不思議はない。

しかも、千代がここで働いたのはわずかに18日間。その間に、滝田樗陰、菊池寛や久米正雄、佐藤春夫、芥川龍之介、今東光らと知り合ったと多くの文献には記されている。この時代、中央公論社が道路の向かいにあり『中央公論』の編集長だった滝田が、出入りする文士を連れてきていたため……といわれたらなんとなく「ふーん」と読み飛ばしてしまうが、明らかにおかしいだろう。18日しか勤めてないのに……。