法律より重要なのは、習俗である

では、川を元に戻す力は、どこから生まれるのか。トクヴィルは、米国の民主的な共和制を支える原因として、自然の環境、法律と制度、そして人々の習慣や考え方を指す「習俗」の3つを挙げた。そのうえで、法律は自然の環境より重要であり、習俗は法律より重要だと結論づけた。

調査で問われた「規範」は、まさにこの習俗にあたる。選挙の結果を受け入れること。選挙を管理する人々が党派を超えて公正に働くこと。そして、自分が支持する指導者にも、反対する指導者と同じ歯止めを求めること。その多くは、法律には書かれていない心の習慣である。プラトンが示した「止めにくい力」への答えを、トクヴィルは、人々の習俗の中に見いだしたといえる。

その習俗と制度は、いまも働いている。トランプ大統領は3月31日、市民権の確認と郵便投票に関する大統領令に署名した。これに対し、23の州と首都ワシントンが訴えを起こし、連邦裁判所は6月、大統領令の主要部分を無効と判断した。関連する郵便投票の規則をめぐっては、最高裁も9月14日、差し止めを解くよう求めた政権の申し立てを7対2で退けた。ルールをめぐる争いに対し、司法が行政権を点検し、制約する仕組みが働いている。川の流れは、こうした積み重ねによって保たれている。

2015年、アメリカ大統領選挙で演説する候補者
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暮らしへの答えと、権力への歯止め

物価52%と民主主義20%。この2つの数字は、対立するものではない。

イプソスで米国の世論調査部門を率いるクリフォード・ヤング氏らは、5月8日付の分析で、民主党支持層は生活費を気にかけると同時に、民主主義の価値観と規範も強く重視していると指摘した。暮らしと民主主義は、同じ人々の中で並んでいるのである。

米調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査では、登録有権者の73%が「民主主義の将来」を投票にあたって「非常に重要」と答え、経済の84%に次ぐ2位だった。民主主義を大切に思う気持ちは、党派を超えて広く共有されている。

一方で、両陣営の間にいる無党派層を見ると、最も重視するのは物価で54%に達し、民主主義は13%だった。「自分の票が正確に数えられる」と考える人は、共和党支持層で73%、民主党支持層で77%なのに対し、無党派層では50%にとどまる。選挙のあとに川が元の流れに戻れるかどうかは、この真ん中の層の信頼をどれだけ厚くできるかにかかっている。

ここから、一つの命題が見えてくる。民主主義を守る政治には、人々の暮らしを良くする力が必要だ。そして、暮らしを良くしようとする政治には、間違えたときに修正できる仕組みが必要である。

そう考えると、52%と20%という2つの数字は、単なる順位の比較を超えて読める。一方は、政治に成果を求める声。もう一方は、その成果を生む権力の使い方を問う声である。