かつて千葉県の津田沼駅前は、大型店がひしめく「津田沼戦争」の舞台だった。1989年度の店舗別売上高では、ダイエーが全国1位、イトーヨーカドーが3位を記録した。しかし、当時の主役だった5ブランドはすべて撤退し、建物の多くは別の商業施設に変わった。なぜ、これほど繁盛した大型店が姿を消したのか。街歩きライターの杉浦圭さんが、その理由を探る――。(前編)

パルコA館跡は「巨大な広場」になった

2026年9月2日、平日の午前10時すぎ。JR津田沼駅の北口デッキに立つと、正面右手にぽっかりと空いた土地が見えた。

JR津田沼駅北口デッキから見た旧PARCO A館跡地。現在は駅前広場「ATOCHI(アトチ)」として整備されている。写真は広場の開業前
筆者撮影
JR津田沼駅北口デッキから見た旧PARCO A館跡地。現在は駅前広場「ATOCHI(アトチ)」として整備されている。写真は駅前広場「ATOCHI(アトチ)」の開業前の様子

ここには、1977年7月1日に開業し、2023年2月28日に営業を終えた津田沼PARCOのA館があった。地上部分に続いて地下部分も解体・埋め戻され、取材時、工事用の囲いの向こうに建物はない。

その後、10月1日には、駅前広場「ATOCHI(アトチ)」が開業した。三井不動産レジデンシャルによると、将来の本格的な開発工事が始まるまでの暫定利用である。

同社が公表した施設概要では、敷地約2800平方メートルのうち、人工芝などを備えた広場が約1100平方メートル、駐車・駐輪スペースが約1700平方メートル。駐車場は54台分(うちカーシェア2台)、駐輪場は205台分としている。旧建物の躯体の一部も、ポケットパークに活用する。

旧PARCO B館の建物を使う「津田沼ビート」。A館が解体された一方、こちらは専門店ビルとして営業を続けている
筆者撮影
旧PARCO B館の建物を使う「津田沼ビート」。A館が解体された一方、こちらは専門店ビルとして営業を続けている

デッキから周囲を見渡すと、旧PARCOのB館を使う「津田沼ビート」は営業中だ。新津田沼駅の方向には、旧イトーヨーカドーの12番街ビルを改装した「イオンモール津田沼South」がある。旧丸井の14番街ビルを引き継いだ「ミーナ津田沼」は、取材時、改装中だった。京成電鉄は10月8日、同施設を10月16日にリニューアルオープンすると発表している。

旧丸井津田沼店の建物を引き継いだ「ミーナ津田沼」。取材時は、2026年秋の営業再開に向けて改装中だった
筆者撮影
旧丸井津田沼店の建物を引き継いだ「ミーナ津田沼」。取材時は、2026年秋の営業再開に向けて改装中だった

取材時の駅前には、既存の建物で営業する施設、改装中の施設、解体を終えた土地が隣り合っていた。

【図表】5ブランドが入っていた建物と跡地の現在(2026年10月)
図表=プレジデントオンライン編集部
5ブランドが入っていた建物と跡地の現在(2026年10月)。PARCO B館、ヨーカドーと丸井の跡は商業施設として営業し、A館跡は広場になり、髙島屋とダイエーが入ったモリシア津田沼は閉館中