技術が進んでも、社会の形は決まらない

民主主義を、未来を考えるうえで独立した一章にしたのには理由がある。技術が進歩し、経済が成長しても、私たちがどのような社会で暮らすかは、それだけでは決まらないからだ。誰が意思決定に参加できるのか。異なる意見は尊重されるのか。力を持つ者の判断を、誰が確かめ、必要なら止められるのか。その仕組みが、技術や豊かさの使われ方を左右する。

民主主義は、未来を見通す際の固定された前提ではない。それ自体が変化し、私たちの未来を変える。いま、その問いを、米国の有権者自身が投げかけている。

本書では、歴史の動きを構成要素に分けて捉えた。なかでも、どこで向きが変わるのかを見分ける「転換点」は、本書を通じた視点である。民主主義をめぐるこの問いを考える手がかりが、約2400年前にプラトンが書いた『国家』にある。

古代ギリシャの哲学者プラトンの像
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プラトンが描いた「人民の擁護者」

プラトンの『国家』は、正義とは何か、よい国家とはどのようなものかを、ソクラテスと若者たちの対話の形で探る書物である。その第8巻で、ソクラテスは、国家の仕組みがどのように移り変わっていくかを語る。物語の終盤に描かれるのが、民主制から独裁制が生まれる過程だ。

その中心にいるのは、民衆が自分たちの側に立つと期待した一人の人物である。民衆はいつも、誰か一人を自分たちの先頭に押し立て、その人物を大きく育てる。ソクラテスは、この人物を「人民の擁護者」と呼ぶ。

擁護者は、民衆の支持を集め、民衆の敵とされる人々との対立を深めていく。対立が激しくなると、擁護者は自分の身を守るための護衛を求める。民衆は、自分たちの守り手を失うことを恐れて、その求めをすぐに認める。こうして擁護者のもとに、民衆から与えられた力が集まっていく。

やがて擁護者は、民衆が自分を必要とし続けるよう、外に争いを起こすようになる。人々が指導者を必要とするのは、争いがあるときだからだ。守り手として与えられた力は、こうして、民衆自身にも止めにくい力へと変わっていく。