松永久秀が改修した天理の龍王山城

大和に、順慶の最大の宿敵となる男が姿を現した。約15年間、大和を含む畿内を支配した三好長慶の寵臣・松永久秀である。1559(永禄2)年、久秀は大和へ本格的に進出し、大和各地の国衆を圧迫しながら勢力を拡大した。幼い順慶を当主とする筒井家も、その攻勢にさらされる。順慶は一時大和を追われ、河内へ逃れることになった。

落合芳幾「太平記英勇伝:松永弾正久秀」(東京都立図書館所蔵)
落合芳幾「太平記英勇伝:松永弾正久秀」(東京都立図書館所蔵)(写真=PD-Japan/Wikimedia Commons)

十市家も筒井家と並ぶ大和の有力国衆だったが、耐えられず久秀の支配下へ。標高586mの龍王山に築かれた居城の龍王山城(奈良県天理市田町)は、久秀の手により大幅改修された。

龍王山城の全体図
撮影=今泉慎一(風来堂)
龍王山城の全体図(現地案内板より)
龍王山城の巨碧のような切岸
撮影=今泉慎一(風来堂)
龍王山城(北城)の巨壁のような切岸(人工的に削り角度を増した急崖)
龍王山城(南城)の堀切
撮影=今泉慎一(風来堂)
龍王山城(南城)の堀切。鋭いV字が戦国の山城らしい
龍王山城(南城)には籠城時の命綱となる水の手も
撮影=今泉慎一(風来堂)
龍王山城(南城)には籠城時の命綱となる水の手も