毎日消えていく19億円のキャッシュ。社員の給与をカットし、賞与はゼロ。退職者が続き、2300人の社員は社外出向へ。未曾有のコロナショックにより、かつてない経営の岐路に立たされたANAホールディングス。2015年に社長に就任した片野坂真哉現会長は、増収増益を続けていた就任6年目、突然「戦時」の舵取りを担うことになった。先の見えない苦境で何を考え、どんな意思決定をしてきたのか。トップに立つべき人間に求められる「経営者の器」とは――。

戦時のリーダーが最優先すべきもの

リーダーには、平時のリーダーと戦時のリーダー、2つのタイプがいます。私は図らずも平時も戦時も経験しました。2020年に本格化したコロナ禍のもとで、経営の舵取りをしなければならなかったのです。

当時、社長になって6年目を迎えようとしていました。業績は好調で、売り上げも利益も右肩上がり。増配も続けていました。しかし、2019年の年末から新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたのです。

すぐに思い出したのは2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の記憶です。当時も旅客数が激減して国内線、国際線ともに厳しい状況に陥り、第1四半期で約300億円の赤字に。当時営業部長だった私はクビを覚悟しました。幸い半年ほどでSARSは終息に向かいましたが、また戦時がやってきたのです。

新型コロナウイルスの感染が拡大し始め、1日あたりの旅客数では国内線は13万人から1万人に、国際線は3万人から千人になり、まさに航空需要がほぼ消滅したのです。さらに3月になって、欧米の航空会社がリストラを始めたというニュースが流れて、一気に社員に動揺が広がりました。

その様子を見て、何よりも先に宣言したのは「社員の雇用を守る」ということでした。空港で働く社員たちは、マスクが不足して飛沫防止パネルを立てながら接客していました。ただでさえ感染リスクを抱えているのに、自分の雇用の心配をしなければならないとしたら、仕事が手につかずに安全な運航に影響が出かねません。そこで、全社員向けの動画メッセージで「何があっても雇用は守る」と宣言したのです。この宣言は、何より社員の不安を少しでも軽くして仕事に集中してほしいという思いからでした。

辞めていく社員への餞の記念写真

ただ、コロナ禍がどれだけ長期化するのか、その時点では見えません。まずは役員の報酬を減らし、5月には全社員に「雇用は守る、その代わり賃金は我慢してほしい」とメッセージを出して、年収で平均3割カット、賞与はゼロになることを伝えました。昔なら組合が厳しい意見を伝えてくるところでしたが、さすがにこのときは多くの人が理解してくれたのか異論の声はほとんど上がりませんでした。

とはいっても、辞めていく社員は少なからずいました。ANAグループを愛していても、家庭の事情で転職せざるをえない場合もあったのでしょう。辞める前に私のところに挨拶に来た社員が5人ほどいました。私は毎回、2人で記念写真を撮って送り出しました。「転職先に持っていけ。ANAで大事にされていた証拠になる」。社員の退職は残念でしたが、自分にできることは精いっぱいやる。それがリーダーの務めの一つだと思います。

絶対に未来は明るい、必ず需要は戻る――先の見えない中でも自らに強く言い聞かせ、反転攻勢を見据えた
撮影=市来 朋久
絶対に未来は明るい、必ず需要は戻る――先の見えない中でも自らに強く言い聞かせ、反転攻勢を見据えた
【経営者の皆様へ】貴社の「次期社長候補」は育っていますか?

本記事に登場したANA HD 片野坂真哉会長が登壇する、プレジデント主催「次世代トップゼミナール」の特別体験会を開催いたします。

本プログラムは、現トップである皆様からの「ご指名」を受けた幹部候補生が集い、切磋琢磨する特別な場です。

今回は「道を拓く」をテーマに、聞き手にロイヤル HD 菊地唯夫会長を迎え、危機を乗り切る経営とトップの器について経営哲学を深く掘り下げていきます。

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