戦時のリーダーが最優先すべきもの
リーダーには、平時のリーダーと戦時のリーダー、2つのタイプがいます。私は図らずも平時も戦時も経験しました。2020年に本格化したコロナ禍のもとで、経営の舵取りをしなければならなかったのです。
当時、社長になって6年目を迎えようとしていました。業績は好調で、売り上げも利益も右肩上がり。増配も続けていました。しかし、2019年の年末から新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたのです。
すぐに思い出したのは2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の記憶です。当時も旅客数が激減して国内線、国際線ともに厳しい状況に陥り、第1四半期で約300億円の赤字に。当時営業部長だった私はクビを覚悟しました。幸い半年ほどでSARSは終息に向かいましたが、また戦時がやってきたのです。
新型コロナウイルスの感染が拡大し始め、1日あたりの旅客数では国内線は13万人から1万人に、国際線は3万人から千人になり、まさに航空需要がほぼ消滅したのです。さらに3月になって、欧米の航空会社がリストラを始めたというニュースが流れて、一気に社員に動揺が広がりました。
その様子を見て、何よりも先に宣言したのは「社員の雇用を守る」ということでした。空港で働く社員たちは、マスクが不足して飛沫防止パネルを立てながら接客していました。ただでさえ感染リスクを抱えているのに、自分の雇用の心配をしなければならないとしたら、仕事が手につかずに安全な運航に影響が出かねません。そこで、全社員向けの動画メッセージで「何があっても雇用は守る」と宣言したのです。この宣言は、何より社員の不安を少しでも軽くして仕事に集中してほしいという思いからでした。
辞めていく社員への餞の記念写真
ただ、コロナ禍がどれだけ長期化するのか、その時点では見えません。まずは役員の報酬を減らし、5月には全社員に「雇用は守る、その代わり賃金は我慢してほしい」とメッセージを出して、年収で平均3割カット、賞与はゼロになることを伝えました。昔なら組合が厳しい意見を伝えてくるところでしたが、さすがにこのときは多くの人が理解してくれたのか異論の声はほとんど上がりませんでした。
とはいっても、辞めていく社員は少なからずいました。ANAグループを愛していても、家庭の事情で転職せざるをえない場合もあったのでしょう。辞める前に私のところに挨拶に来た社員が5人ほどいました。私は毎回、2人で記念写真を撮って送り出しました。「転職先に持っていけ。ANAで大事にされていた証拠になる」。社員の退職は残念でしたが、自分にできることは精いっぱいやる。それがリーダーの務めの一つだと思います。
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