前向きに進む社員に光を当てる

社員に賃金を我慢してもらわなくてはいけなかったのは、ひとえにキャッシュの流出が続いていたからです。当時は1日におよそ19億円のキャッシュが出ていく状況でした。

何といっても会社を存続させるには、手持ち資金の確保が最優先でした。政策投資銀行からの危機対応融資に加え、雇用調整助成金もフル活用しました。この助成金は手続きの煩雑さから申請をあきらめてしまう企業も多かったようですが、グループ会社70社の社長に声を掛け、申請をするよう促しました。

このとき、誰よりもハローワークに通い詰め、難解な手続きを徹底的に研究してグループ全体にマニュアルを広めてくれたケータリング会社の女性社員がいました。私は彼女に迷わずホールディングスの社長賞を授与しました。

当時、金融機関から調達した融資や劣後ローン、そして最後の公募増資で約1兆円の資金を確保しました。ただ、それは単なる延命のためではなく、「コロナ後の反転攻勢」に向けた体力を残しておくための決断でした。当時、私たちは手元資金を確保するため、まだ使える大型機材を売却したり、新造機の納入を延期したりと、身を切るようなコスト削減を進めました。だからこそ、絶対に守り抜くと決めた「人材」と、いずれ必ず回復する航空需要に向けて「事業構造の変革」の歩みを止めるわけにはいかなかったのです。「絶対に未来は明るい、必ず需要は戻る」――先の見えない暗闇のなかで、そう自分自身に強く言い聞かせていました。

自分たちの報酬や賃金をカットするのが「自助」、雇用調整助成金の活用や空港の賃料・着陸料軽減政策が「公助」なら、金融機関でお金を借りるのは銀行も含めた関係者で支え合うという意味で「共助」でしょう。経営者のもっとも重要な使命は、生き残ること。この3つをバランスよく使ったことで、なんとか息をつなぐことができました。

現在はホールディングス取締役会長。2026年からは経団連の審議員会議長も務める
撮影=市来 朋久
現在はホールディングス取締役会長。2026年からは経団連の審議員会議長も務める

社員を疑心暗鬼にしない情報公開のコントロール

コロナ禍での私の心構えは、「誠実に、迅速に、事実をシェアする」ことでした。情報の公開は安心感にもつながります。情報を出し惜しみすると、社員は「何か悪いことがあるのではないか」と疑心暗鬼になってしまう。それを避けるため、インサイダー情報に該当するものを除き、すべて社内でオープンにしました。たとえば社内の感染者数もすべて公開しました。自分の会社のトップは都合の悪いことも隠さないと思ってもらえることが大事だと身に染みて感じました。そうした姿勢で発信を続けた結果、2年間で社員に出したメッセージは15回を数えました。

社員から直接礼を言われたこともあります。私たちはANAの人材を求める企業へ社員を出向させ、その人数は2300人にのぼりました。オンラインの出発式では激励のメッセージを伝えましたが、ANAでしか働いたことのない社員も多く、画面には不安げな表情が並んでいました。その画面を見て私は、「皆さんの働きは会社の収入になる」「先方様も喜んでくださっている。先に出向した人は大きな学びがあると言っている」「朝、出社したら明るく元気に挨拶してください」「ノートとペンを持っていきメモを取ってください」「何かあったら我慢しないでANAの人事部にすぐに連絡してください」「そして必ず戻ってきてください」と伝えました。