大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)では柴田勝家(山口馬木也)が秀吉(池松壮亮)との賤ヶ岳の戦いに破れ、現在の福井市にあった居城へ撤退。古城探訪家の今泉慎一さんは「賤ヶ岳で勝家が陣を構えた城を実際に見たところ、勝家がここで持ちこたえていればと考えてしまう」という――。

「勝家vs.利家」の一騎打ちは創作

第23回:玄蕃尾城(滋賀県長浜市・福井県敦賀市)

織田信長亡き後、羽柴秀吉と柴田勝家が織田家の後継を巡って争った「賤ヶ岳の戦い」。一時は秀吉軍が劣勢に陥っていたが、秀吉の「美濃大返し」こと、突然の帰還もあって形勢逆転。一変して勝家軍はピンチに陥る。8月23日に放映された大河ドラマ「豊臣兄弟!」第32話(NHK)では、敗北必至の状況となった勝家のもとに前田利家が訪れ、刀対槍の一騎打ちを通じて、利家が勝家と決別する場面が描かれた。

その舞台となったのが、賤ヶ岳の戦いで勝家が本陣とした玄蕃尾城げんばおじょう(図表1①滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬/福井県敦賀市利根)だった。もちろん一騎打ちのエピソードは全くのフィクションだが、玄蕃尾城自体は実在する。

史実では、勝家は玄蕃尾城を捨て居城・北庄城へと撤退。そしてわずか3日後に秀吉軍の追っ手に攻め落とされ、自刃へと追い込まれてしまう。もし、勝家が戦場に留まり徹底抗戦を貫いていたら――。

そんな想像力を膨らませたくなるほど、玄蕃尾城は、戦国時代の陣城でも屈指の堅固な城なのだ。

柴田勝家の肖像画、桃山時代~江戸時代初期
柴田勝家の肖像画、桃山時代~江戸時代初期(写真=『柴田勝家』福井市歴史博物館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

南からの敵の防御に極端に特化

玄蕃尾城が位置するのは、近江国(現在の滋賀県)と越前国(現在の福井県東部)の国境付近。つまり要所だ。尾根沿いに南下すると、佐久間盛政の陣城・行市山砦ぎょういちやまとりで(図表1②)、前田利家の陣城・別所山砦べっしょやまとりで(図表1③)へと至る。

【図表1】玄蕃尾城・行市山砦・別所山砦の位置

史実では、盛政はここから南下し秀吉方へと突撃。中川清秀を討ち取るも、やがて猛反撃に遭い大敗の原因を作ってしまう。利家はほとんど戦いに参加することなく戦線離脱している。

前田利家の肖像画
前田利家の肖像画(写真=個人所蔵品/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons