日本経済新聞「私の履歴書」に田中角栄が登場したのは、まだ48歳。しかも記者の聞き書きではなく自ら原稿を執筆したという。『角栄語録 愛と理』を書いたジャーナリストの欠端大林さんは「田中角栄は『政治家になっていなかったら、小説家になっていた』とうそぶいたが、少年時代の乱読がその文才の土台になったことは間違いない」という――。(第3回/全4回)
直筆する角栄
撮影=山本皓一
田中角栄は直筆に対するこだわりがあり、色紙や揮毫で代筆を使わず自ら筆をとって書き記していたという。

大反響だった日経新聞「私の履歴書」

日本経済新聞の看板連載「私の履歴書」がスタートしたのはいまから70年前、1956(昭和31)年3月のことである。

著名人が半生を回顧する自伝的エッセイ。第1回の登場者は新聞記者出身の政治家、鈴木茂三郎(第2代社会党委員長)だった。鈴木は前年の衆院選で社会党を大躍進させ、時の人となっていた。

その後、松下幸之助(パナソニック創業者)や武者小路むしゃのこうじ実篤さねあつ(作家)、石橋いしばし湛山たんざん(元首相)、岸信介(元首相)、本田宗一郎(本田技研工業創業者)、東山ひがしやま魁夷かいい(画家)といった各界の大御所が続々と登場。

「私の履歴書」からお声がかかれば、それは一流の証――いつしかそんなブランドが形成されていった。

現役幹事長による「自伝」

連載開始から10年後の1966(昭和41)年、異色の政治家が登場を果たした。当時、自民党幹事長だった田中角栄である。

それまでの登場者のほとんどが連載開始時に60歳以上であったのに対し、当時の角栄はまだ48歳。すでに郵政大臣(就任時39歳は当時の最年少記録)、大蔵大臣を経験していたものの、これから総理大臣を狙おうかという政治家が、半生を振り返る連載に登場するのは極めて異例だった。

現役幹事長による「自伝」の反響は大きかった。

連載終了からわずか3カ月後の6月、早くも『田中角栄 私の履歴書』(日本経済新聞社)が単行本として出版されたのである。

「私の履歴書」はそれまでも単行本化されていたが、1冊のなかに10人ほどが詰め込まれたオムニバス形式だった。単独で1冊の本になったのは角栄が初めてである。

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