目を狙ってくるのさ
目が合った瞬間、クマは耳をつんざくような咆哮と共に襲いかかってきた。銃をきちんと構える間もなく引き金を引く。
既に弾を込めていたのが不幸中の幸いだった。原田のライフルは、発砲と同時に次弾が装塡される自動銃だったため、何発かを連続で撃った。どこかには当たったようだが、相手の勢いは止まらない。
飛びかかられ、銃を弾き飛ばされた。たまらず、地面に仰向けに倒れ込む。目の前にクマの顔があった。とっさに両手を頭の後ろに回し、四つん這いになって防御姿勢をとる。しかしヒグマの攻撃がやむ気配はない。
「起きれ、起きれって、俺のこと転がして。そんで目を狙ってくるのさ。きっとアイツら、人間の目がおっかなくてイヤなんだろうね」
ヒグマはうつ伏せになった原田を前足で簡単にひっくり返すと、今度は口を大きく開けて頭に噛みついてきた。思いもかけない非常事態に、大量のアドレナリンが分泌されていたのだろうか。不思議なことに、痛みは全く感じなかったという。今もはっきりと覚えているのは、その時の音だ。
「ボリボリ、ガリガリ、大根を齧るような音だったね」
頭皮がむしり取られ、頭蓋骨が割れた。頭部を負傷すると、大量に出血する。原田もあっという間に血まみれになっていった。溢れ出る血が目に流れ込む。視界が奪われ、すぐに何も見えなくなる。
脳みそまで齧られちまう
「まずい、これじゃ脳みそまで齧られちまう」。
必死に抵抗するが、ヒグマは攻撃の手を緩めてくれない。揉み合いに疲れ果てた原田は、一旦全身の力を抜いてクマに抗うのをやめてみた。
無抵抗になれば勘弁してくれるのではないか、と考えたのだ。しかしその作戦は全く役に立たなかった。ヒグマは執拗に頭を噛んでくる。このままでは死を待つだけだ。やはり戦うしか手はない。しかも、何かもっと有効な一撃を加える必要がある。
そのとき頭をよぎったのは、子どものころに近所の猟師から教えられたクマの撃退方法だった。「口に手を突っ込んで、息の根を止めろ」。捨て身の作戦。まさに最終手段だ。原田は意を決した。
目が見えないながらも、毛むくじゃらのヒグマの頭部をまさぐる。熱い息を吐き出す口を探し当てるやいなや、右手を思い切り差し込んだ。硬く握り締めた拳骨が、クマの口の中に収まった。同時に嫌な音がした。「パリッ」。手の甲の骨をへし折られたのだ。それでも痛みは感じない。
「このまま窒息させてやる」。奥へ奥へ、腕をグイグイとこじ入れる。まずは指先の感覚がなくなった。
続いて手のひらが痺れ、上腕から肩、さらには首へと麻痺が広がってゆく。その辺りで、さすがに体力も気力も尽き果てた。原田は意識を失った。

