ブンヤが来てる

程なくして山中にハンターが到着した。ようやく救急隊員が動き出したものの、今度は見通しの悪い藪の中で迷ってしまうトラブルが発生。結局、原田のもとに担架が到着した時点で、救援要請をしてから2時間以上が経過していた。

「もう大丈夫ですからね!」

遂にやって来た隊員の呼び掛けに、原田は思わず涙した。しかし顔面の損傷があまりにひどく、実際に涙が流れたかは定かではない。体が持ち上げられ、担架に乗せられたのを感じた。谷を渡るのに、まずは慎重に坂を下り始める。

隊員たちは、原田ができるだけ衝撃を受けないように気を遣ってくれてはいるが、体はどうしても大きく揺さぶられてしまう。徐々に気分が悪くなってきて、嘔吐した。「吐いていいですよ、どんどん出してくださいね」という隊員の優しい声音に感謝しながら、原田は激しく吐き続けた。胃袋が空になるとともに、不思議と気持ちも軽くなり、なんだかとてもスッキリした気分になった。谷を下り切った担架が、再び斜面を登り始める。救急車に近づいたところで、隊員の「ブンヤが来てるぞ」という声が聞こえた。

驚いたことに、山奥であるにもかかわらず既に新聞社やテレビ局などの報道陣が駆けつけていたのだ。機転を利かせた救急隊員が頭に布を被せてくれ、見る影もない顔を撮影されずに済んだ。

16時間に及んだ手術

救急車は一路、緊急時の医療体制が整っている釧路労災病院を目指した。所要時間は1時間強だ。

しかし怪我があまりにひどく、短時間であっても命が持たない可能性が高いと判断され、急遽、白糠の小さな診療所に立ち寄ることになった。原田の足首に点滴の針が刺され、体内に冷たい液体が流れ込むのを感じた。再び走り出した救急車の中で、隊員が繰り返し口にしていた「チアノーゼ」という言葉が耳に残っている。それが、血中の酸素不足によって皮膚や粘膜が青紫色になる症状を指すことは、後日知った。

ようやく釧路労災病院に辿り着いた原田は、まだなんとか意識を保っていた。医師に名前を聞かれて答える。すると、「おお、名前が言えた。これは助かるかもしれないぞ」という周囲の声が聞こえた。

続いて、自宅の住所や電話番号、妻の名前なども伝える。勢いづいてさらにいろいろ話そうとすると、「もうあまり喋らないでください」と制された。その後、麻酔を打たれた原田は深い眠りについた。

当初、仲間たちが「想定では5時間程度」と説明を受けた手術は、実に16時間にも及んだ。そして遂に、原田は一命を取り止めたのだった。その超人的な生命力には、医師も驚きを隠せなかった。

「あんな傷を負いながら生き延びるなんて。あなたは正真正銘の化けものです」

麻酔から覚めた原田に、医師は敬意を込めてそう言った。

左から2番目が若き日の原田。右隣はクマ撃ち名人の兄・繁男
左から2番目が若き日の原田。右隣はクマ撃ち名人の兄・繁男[出所=『羆追人たち』(山と溪谷社)]