出すぎた杭はもはや打たれない
小川は「野党」として暴れまくった。同著で、こう振り返っている。
《株主総会は私にとっては戦場だった。何年もしないうちに私は総会で発言をする常連になっていた。「広島弁を使う威勢のいい奴」として知られていった。そのころ、「ライフル銃小川」と書かれたこともあった。質問がまるで、機関銃のように次々に飛び出してくるから、そんな言われ方をしたのかもしれない》
出る杭は打たれる。「与党」の大物総会屋はメンツにかけて潰しにかかる。だが、出すぎた杭はもはや打つことはできない。若手総会屋として売り出し中の小川を頼り、広島から若い連中が続々と上京。「広島グループ」は業界で一大ブランドとなっていく。
だが、過激さだけで売るのは兵隊のやることだ。裏で絵図を描き、兵隊を動かし、企業を翻弄する指揮官の立場になって多額の賛助金をせしめることができる。
小川は徹底して企業情報を集めた。ただし、不正や弱みをもとに脅すのは並の総会屋がやること。小川は違う。脅しで火をつけ、賛助金をせしめたあと水で火を消してやる。マッチ・ポンプだ。小川はこの手法で情報価値を2倍にも3倍にも生かし、「情報ブローカー」として暗躍する。
両陣営を欺き「腐れ縁」を築く
たとえば1980年代。株主総会を前にして、大手ゼネコンで社長派と副社長派が激しく対立したときのことだ。
小川は社長の周辺を徹底的に調査し、社長のスキャンダル情報を入手すると、「社長のスキャンダルを握っている」と副社長派に持ちかけて情報代をせしめ、同時に社長派には、「副社長が社長のスキャンダル情報を握っている。わしが抑えてやる」と持ちかけ、謝礼をせしめる。
さらにマスコミ関係者には「スクープネタがある」と持ちかけ、取材に動かすことで騒ぎを大きくしておいて、最後はガセネタとして幕引きをはかるのだ。
このカラクリを知らない社長派、副社長派の双方が競うように小川にすり寄り、ここに“腐れ縁”が生じることになる。結果、小川は末永くこの企業と蜜月関係が続く。「寝業師」の面目躍如であった。

