恐れられるほどカネになった
バーの客だった総会屋のアドバイスで、「小川企業広告研究所」を設立する。この世界、ハッタリが大事なのだと総会屋は言った。名刺をつくると、小川は多くの端株(1株とか2株)を取得して企業を回りはじめる。
企業にしてみれば端株といえども株主なのだ。邪険に扱おうものなら、
「おどれ、それが株主に対する態度か!」
噛みつかれて大変なことになる。ヘタすりゃ株主総会でひと暴れされるだろう。企業は株主総会を平穏に乗り切るため、平素から賛助金を渡してご機嫌を取っておくのだ。
ただし、賛助金は総会屋によって異なる。小遣い銭をせびるタカリに見られるか、「この人間はヤバイ」と一目置かれるかで金額はまったく変わってくる。
「おどれ! わしの質問に答えんかい!」
株主総会で会社側を攻め、迫力を見せれば「賛助金」はたちまち跳ね上がるのだ。チンピラが街中で善良な市民にインネンをつけるのと同じで、攻める理由はなんだっていい。
でかい声でまくし立て、答弁の揚げ足を取り、攻めて攻めて攻め抜く。言いかえれば、コワモテの総会屋としていかに売り出すか。ここが勝負となる。
身体を張るほど総会屋の格は上がった
総会屋には2種類ある。「与党総会屋」と「野党総会屋」だ。「与党」は“傭兵”として会社側につき、「シャンシャン総会」になるよう会場で睨みをきかせる。相応の力量が求められるため、大物総会屋が仕切った。
一方、「野党」は会社に噛みつくことで存在感を示し、懐柔してくるのを待つ。過激であるほど存在感が高まるため、与野党の怒声が激しくぶつかるだけでなく、会場で乱闘騒ぎが起こることも当時はめずらしくなかった。
小川薫が自著『実録総会屋』(ぴいぷる社)で書いている。
《総会で殴られたことも、最初のころは数えきれないほどあった。嶋崎栄治氏のところには、松葉会の三河島の斎藤武夫総長らがガードしていたし、昭和維新連盟の西山幸輝(引用者注=広喜)先生のところの連中にも殴られた。しかし、こっちも負けているつもりはかけらもなかった。(中略)
また、住吉連合(引用者注=現・住吉会)の音羽一家の連中によくやられた。やられても、次の総会では平気で攻める。そうすると、向こうも「あの威勢のいい、若いのにはしょうがない」となってしまう。総会での発言、ときには身体を張った喧嘩、その後の会社回り、それが総会屋としてのランクをひとつ、ひとつ上げていったのだ》
