相手の思惑を裏切ることで一目置かせる
あるいは「ホイットニー事件」もある。
GHQ民政局長のコートニー・ホイットニー准将は、憲法草案制定会議の責任者として、日本国憲法草案作成を指揮した人物として知られる。そのホイットニーが白洲と対面したとき、“上から目線”でこう言った。
「ミスター・シラス、あなたの英語は大変立派なイギリス英語だ」
極東の島国に英語を話す人間がいるとは驚きだ――言外にそう揶揄したのだ。これに対して白洲が平然と切り返す。
「If you study a little harder, you will improve your English.(あなたも、もう少し勉強すればうまくなる)」
繰り返すが、敗戦わずか4カ月後だ。土下座して当然の“ご主人様”に対して、嫌みを言うなど考えられないことだった。この度胸にホイットニーは虚をつかれたのだろう。目を剥いて絶句したという。
なぜ白洲はマッカーサーやホイットニーに楯突いたのか。真意はわからない。
だが、ひとつだけ言えることは、権力者であろうとも相手の「言」に一理あると認めれば理不尽なことはしないのが民主主義であり、英国に留学した白洲はこのことを知悉していたはずだ。【へつらって】当然という相手の思惑を裏切り、裏切ることで一目置かせる。
“逆張り”という「寝業」で白洲は臨んだことになる。こうして白洲はGHQとの交渉において、筋が通らない要求や理不尽な命令に対しては一歩も引かなかった。GHQは「従順ならざる唯一の日本人」と本国政府に報告することになるのだった。
芦屋の大富豪の御曹司
人力車が走っていた昭和初期――。兵庫県芦屋の大富豪の御曹司に生まれた白洲次郎はヤンチャだった。
名門の旧制第一神戸中学校(現・兵庫県立神戸高校)当時、アメ車のスポーツカーを駆って神戸の街を走り回った。癇癪持ちでケンカっ早いため、白洲家ではすぐに謝りに行けるよう菓子折りが用意されていたという。
「育ちのいい野蛮人」――第一神戸中学時代から親交があった作家の今日出海は、白洲をそう評した。
白洲は旧制中学を卒業すると、英国ケンブリッジ大学に留学する。身長180センチメートルのイケメンで、大変なおしゃれ。スーツはロンドン・サビルローにある老舗テーラー「ヘンリー・プール」で仕立てた。自動車レースに熱中する一方、英国貴族たちと親交を結び、完璧な“キングス・イングリッシュ”をマスターして帰国。
結婚相手は樺山愛輔伯爵令嬢で、のちにエッセイストとして名を成す「白洲正子」だった。白洲は樺山家を通じて当時、首相であった近衛文麿や吉田茂と親交を深めていく。
