「普通に働いた方がいい」と止められた

事業化を進めるなか、渡邊さんは半年近くかけて、Googleマップに印をつけながら関西中の湯葉店を一軒ずつ訪ね歩いた。

「アポを取ったり、飛び込みで話を聞かせてもらったりして、こういうことをやろうと思っているので応援してくれませんか、と言って回ったんです。ただ正直、湯葉を使ったファストフードって言っても『よく分からん』という感じであまり理解はされなかった。それどころか湯葉での起業自体も『このまま普通に働いた方がいい』と止められましたね」

湯葉と若者、伝統食とファストフードは、そう簡単には結びつかなかったらしい。よそ者の思いつきは、業界の人間にすらすぐには理解されなかったのだ。さらに、歩き回るうちに見えてきたのは、想像以上に厳しい現実だった。

京都では1200年もの歴史を持つ食材だというのに、昭和初期には40社近くあったという関西の湯葉事業者は、今やわずか10社ほどにまで減っているという。豆乳を湯煎して膜をすくうという製法上、作業場はサウナのような高温多湿になる。工業化が進んだ豆腐が一事業者あたりの売り上げを伸ばす一方、湯葉は生産効率が悪く、研究も進んでいない。なかには老朽化した工房も残っていた。

京都の老舗でも抗えない湯葉店の現実

回った先の中でも、ひときわ印象に残っているのが、京都・十条で100年以上続く老舗湯葉店「湯葉に」の社長、吉田恵美子さんとの出会いだ。今でもとても懇意にしてもらっているとのこと。彼女の元を訪れたとき、忙しい手を止め、見ず知らずの若者の話にじっくりと耳を傾けてくれた。そして、100年続く老舗をもってしても太刀打ちできない現実を教えてくれた。

「吉田さんの店も次誰が継ぐんだという状況で、『もう湯葉の文化を守っていくことで精一杯』とおっしゃっていました。『湯葉で起業なんか絶対せんほうがええ』とも言われましたね」

100年以上続く京都の湯葉屋「湯葉に」の社長・吉田さんも、湯葉業界の厳しい現実に悩む
写真提供=渡邊さん
100年以上続く京都の湯葉店「湯葉に」の社長・吉田さんも、湯葉業界の厳しい現実に悩む

調査を続けるうちに気付いたのは、当の職人たち自身が、もう自分の代で終わらせてもいいと思っていることだった。

「実際、継ぎ手がいないという人もいれば、子や孫にこの過酷な仕事を継がせたくないという人もいました。それに、1人や2人じゃなくいろんな職人さんに、こんな業界に来るのはやめといた方がいいと言われました」

斜陽産業の当事者たちが背負ってきた諦めのようなものを、渡邊さんはこの足で回って知った。

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それでも検証を重ねるほどに見えてきたのは、健康食への確かなニーズと、湯葉という食材そのものに根強いファンがいるという事実だった。

「難しさや課題があることは想定していました。ギャンブルかもしれませんが、ギャンブルをしてもいいと思えるだけの可能性はある、と思ったんです」

退職したのは、数千万円の大型の出資が決まる前の2024年6月、28歳のときだった。