あえて湯葉を主役にしない
キャリアを手放し、斜陽産業を立て直す一歩を踏み出した渡邊さん。誰も継ぎたがらない産業に挑むモチベーションは、業界を変えてやろうという野望か、それとも湯葉の限りない可能性に商機を見出しているのか――。
「僕のすごくリアルな気持ちを言うと“湯葉が”ではなくて。ずっと応援してくださっている湯葉店の社長の吉田さんや、現場を訪れるなかで出会った職人さんたちが大事に守ってきたものが、こんな形になりましたよって見せ続けてあげたい。そんな感覚に近いです」
彼の大きな挑戦の動機は、目の前の人たちが大切に守ってきたものだった。今、各地に後継者不足や大手との競争に苦境を強いられている店や工場は多い。それでも立て直そうと奮闘する人の灯は、こうして誰かが守ってきたものへの敬意から生まれるのかもしれない。実際に吉田さんへ商品を届けたところ「美味しいわ」と喜んでくれたという。
起業を猛反対された湯葉業界の方からも、今では「文化を守るのは任せなさい。あなたたちが新しいことにチャレンジするのを応援します」と背中を押してもらえるまでになった。
これからyuppaを通して湯葉がどうなってほしいのかと尋ねると、返ってきたのは湯葉への熱い想い……ではなく、意外にも慎重な言葉だった。
「湯葉であることをメインに打ち出し続ける限り、湯葉が気になる、湯葉が好きという人しか来てくれないので、広がっていかないと思っているんです。だからこそ湯葉を主役にせず、あくまで高タンパクなヘルシーファストフードとして展開して、気付いたら湯葉を食べていた、ぐらいでいい」
形を変えることも、ひとつの“守り方”
今後はアメリカや台湾などへの進出に向け準備を進めているという。これらの地域では、日常的に湯葉に近い食材が食べられているうえ、トルティーヤや生春巻きなど、「巻いて食べる」スタイルになじみが深い。
京都の伝統的な生湯葉を、“形を変えて”全国・そして世界に届ける――。伝統に手を加えることには、疑問を呈す人もいるかもしれない。しかし、ただ守り続けるだけでは立ち行かない。形を変えることもまた、ひとつの“守り方”のはずだ。工業化を目指すにしても、まず必要なのは多くの人に知ってもらい、求められること。渡邊さんが選んだのは、遠回りに見えて確実な一歩だった。
そういえば、筆者自身も京都生まれ京都育ちでありながら、人生で初めて食べた湯葉は、この東京・表参道のyuppaだった。地元では当たり前すぎて、わざわざ食べようと思ったことがなかったのだ。すっかり気に入ってしまい、後日京都の老舗店まで足を運び、初めてちゃんと生湯葉を味わった。湯葉が苦手だったわけでも、嫌いだったわけでもない。ただ、入り口がなかっただけだ。実際に「初めて湯葉を食べました」という声が届いたのは一度や二度ではないそう。
斜陽産業に飛び込んだ当時28歳の選択は、社会課題を解決するというような大きな旗のためではなく、目の前の人に見せたい景色のための、静かな覚悟だった。その覚悟は、京都出身の筆者を“逆輸入”で湯葉好きにするところまで、確かに届いた。


