なぜキャリアを捨てて湯葉業界に

中身は茶そばのまぜそば、山芋の梅和え、車麩の角煮風など。しっかりとした和風の味付けだが、食べる箇所によって異なる食材が組み合わさり、都度味が変わるので最後まで飽きずに食べられた。最後に残るのは、折りたたむだけの薄い包み紙1枚。コンビニ弁当のようにかさばる容器が出ないのはテイクアウトにもいい。

ひとつでもかなりの満足感だったが、せっかくなので欲張ってもう一品。「アボカドサーモン&クリームチーズ」(1250円・税込み)を注文した。先ほどよりあっさりとした味付けで、アボカドとクリームチーズがなめらかに絡む。そこに雑穀酢飯があらわれた。湯葉とお米という組み合わせに一瞬戸惑ったが、食べてみればこれが不思議と馴染んでいる。

アボカドサーモン&クリームチーズ(1250円・税込)
筆者撮影
アボカドサーモン&クリームチーズ(1250円・税込み)

さらに驚いたのが、栄養面だ。どのフレーバーも1個でタンパク質20〜30gが摂れるよう計算されているうえ、「オリジナルまぜそば」のカロリーは327kcal。高タンパクな湯葉で包むことで、ヘルシーなファストフードが成立した。

この発想は、いったいどこから? そもそもなぜ湯葉業界に? 尽きない疑問の答えを探るには、彼の少年時代までさかのぼる必要があった。

600年続く寺の息子

渡邊さんは1995年12月、600年続く京都・綾部の寺に生まれた。父は住職を務めながら、寺の隣で1日1組限定の創作精進料理店を営んでいたそうだ。

重いアレルギーを抱えていた幼少期。湯葉が身近にあった
写真提供=渡邊さん
重いアレルギーを抱えていた幼少期。湯葉が身近にあった

幼少期は重いアレルギーに悩まされていた。「卵も米も食べられなくて、離乳食は父の店の野菜の端材でした」というほどで、体を拭くタオルさえ一度煮沸しないと使えなかったそう。数少ない食べられるものの中に、父が仕込む精進料理の定番、生湯葉があった。

「別に好きじゃなかった」と渡邊さんは笑う。父の店には、麺でイガグリの形をつくり、中にいちじくを忍ばせるといった、遊び心たっぷりの創作精進料理が並んでいたからだ。それに比べれば、生湯葉はただそこにある地味な脇役。当時いちばん好きだった食べ物は、冬瓜の煮付けだったという。渋い。

父の遊び心あふれる料理の陰で、たまたま隣にあり続けた地味な食材を、のちに人生の主役に据えることになるとは、渡邊少年はまだ知る由もない。

加えて、大きな扁桃腺にも悩まされていた。熱を出すたびに40度超えの、自他共に認める病弱っぷり。高校1年の文化祭では本番直前に42度の熱を出して1週間休み、打ち上げの焼肉だけは意地で参加したそう。青春の一大イベントを棒に振ってでも焼肉だけは死守する、この食への執着はのちの伏線だったのかもしれない。

大学院生のとき、これでは社会人になれないと危機感を覚え手術を決意。全身麻酔で扁桃腺を切除し、「1週間ぐらい喋れなくて、筆談していました」というから壮絶だ。しかし、これがのちに思いがけない転機を生む。