藤田 剛(日大ラグビー部FWコーチ)
この存在感はどうだ。秩父宮ラグビー場のフィールド横の日本大学ベンチ。かつてラグビー日本代表の名フッカーとして鳴らした藤田剛がでんと立っている。
あれっ。明治大学OBなのに……。そんな心の狭いことは言いなさんな。明大ラグビー部のヘッドコーチ、監督を歴任した後、3年前から、日大ラグビー部のFWコーチを務めている。要は大学ラグビー、いや心は日本ラグビーの強化にのみ向かっているのだ。
古豪復活を期す日大は今季、リーグ戦グループで法政大学に続き、拓殖大学も倒した。終盤の猛反撃をかわした。
「やっと勝ったなあ」と、藤田は人懐っこい笑顔を浮かべる。「チームを勝たすため、いろんな手段を選んでいるけど、そんな手段もたくさん与えられないからなあ」
仕事は、クボタの水・環境営業推進本部の担当部長。多忙の合間を縫って、週に2~3回、ボランティアとして日大FWを指導している。何を? と聞けば、当たり前のことを聞きなさんな、といった感じで言われた。
「やっぱりセットやな」
ラグビーでセットとは、ゲームの基本となるスクラムとラインアウトを指す。藤田は現役時代、世界に通用する名フッカーだった。スクラムのカナメだったからだろう、スクラムにはこだわりがある。
「スクラムというのは、一番相手にプレッシャーをかけることができる。8人がまとまることで、プレッシャーのかかり方が倍増するよ。まずはコトバでスクラムの大切さをわかってもらって、あとは練習でとことん追い込むんだ」
例えば、本番さながらの8人対8人のスクラム練習を坂道で組ませたりもする。坂の下の8人はたまらない。かつて「親に見せられない練習」と漏らしたこともある。きついと、互いのバインド(結束)が固まり、姿勢が低くなる。基本である。
正直言って、明大FWと比べると、選手の素質は劣るだろう。だからこそ、基本を徹底的に伝授し、練習と意識でカバーさせるのだろう。モットーが、明大の北島忠治監督(故人)からたたき込まれた「前へ」の精神。
日大ラグビー部員にも、「前へ」の大切さを教える。「前へ」は、プレーだけでなく、生き方にも当てはまる。
「どんなに苦しい時でも、前へ突き進んでいく。そうすると、周りからサポートがくるんだ。それが大切。1回下がると、もうアウト。下がったらアウトや」
日本代表のキャップ数(テストマッチ出場数)が「32」。大学時代、筆者は対戦したことがあるけれど、藤田は強くてうまくて、プレーに信念を感じた。前へ、前への。
「ははは。いまはラグビーの素晴らしさを若者や子どもたちに伝えたい。それだけや」
有言実行の52歳。家族サービスをうっちゃって、週末はラグビー場に通うのである。