未曾有の不況が世界を襲っている。経営者は過去の成功事例や、厳密なデータ分析に基づき判断を下す「石橋を叩いて渡る」舵取りに陥りがちではないだろうか。
100年に一度の不況である。経営者は慎重になるだろう。しかし、実証主義の経営は、戦略が市場の動きの後追いとなり、知らないうちに既存市場の枠内で発想してしまう限界がある。組織の成長には、ビジネスの本質を見極める力が必要になる。
人には、種々の知識、情報、課題を総合的に勘案しながら、「将来を見通していく力」――ビジネス・インサイトが備わっているのではないか、というのが拙著『ビジネス・インサイト』のもっとも重要なメッセージだ。このビジネス・インサイトこそ、ものごとの本質を見極めるために重要な役割を果たす。
本著の骨格となる概念は『暗黙知の次元』を参照されたい。化学者であり、哲学者でもあったマイケル・ポランニーの著だ。
ポランニーは仮説検証のプロセスより、もっと大事なプロセスがあることを指摘する。それは「“意味ある全体像”を暗黙裡に構成する力」だ。“意味ある全体像”とは、断片的な情報を有機的につなげて、新しいビジネスのヒントに変える力といえる。ポランニーが言わんとしたことは、まさにビジネス・インサイトと同じである。
ポランニーはこうした力を発揮するための2つの条件として、「能動的にかかわること」「内在化すること」を示している。例えば自分がかかわっている仕事があったとしよう。その仕事について常に問題意識をもち、顧客の立場に立って考えることが、深い洞察力をもたらすことになる。ビジネス・インサイトを得るためのカギともいえる。
その例を小倉昌男氏に見よう。ヤマト運輸の元社長で、家庭用小荷物集配事業に参入し、宅急便事業を日本に定着させた企業家である。