サイエンス作家 竹内薫
1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。
「ダ・タカシマ」とは、9年前に結婚披露パーティーの会場として使わせてもらって以来のおつきあい。よく『リング』などで知られる作家の鈴木光司さんとランチを食べにきます。コーヒーを何杯もおかわりしながら、2時間も3時間も議論をするのが楽しい。お代はいつも鈴木さんもちで(笑)。
僕の仕事はサイエンス作家として、物理や科学、数学など理系の知識をわかりやすく解説すること。大学で物理を学ぶ前から、小説を読むのが好きでした。小説を読まない理系の学者の中には「正確さが損なわれる」と比喩を嫌う人もいますが、僕はよく使います。たとえば物理学の概念である「自発的対称性の破れ」を、「テーブルの上に垂直に立てたプラスチックのストローに上から力を加えると、どこかの時点でどこかの向きにポキッと折れるようなもの」と説明したりする。それでも、「難しくてサッパリわからない」と言われてしまうことも(笑)。
転校ばかりしていたから、子供の頃の成績はビリが多かった。極めつきは小3から2年間、ニューヨークに行ったこと。ABCも知らないまま、いきなり現地の子供たちが通う小学校に放り込まれたのですから。でもやがて算数ではクラスで1番になりました。なぜなら九九ができたから。実はアメリカには九九がないんです。だからパッと答えると、「こいつは天才か?」と思われる。
帰国して小5、小6はまた苦労しましたが、中学になると今度は英語の授業がある。漢字は苦手だけれど、英語の時間になれば先生よりもできちゃう。そんなふうに幾度となく「ビリからのスタート」を経験しましたが、その時々で九九とか英語とか、常に何かしらの武器があった。それを拠りどころに底辺から這い上がる経験をしたことには、大きな意味があったと思います。
ちなみに九九のないアメリカ人は、せいぜい自分の指を使って数えるくらいしかできない。だから間違えるし時間がかかる。そういえば、向こうはかけ算の順番も逆です。
「4つの箱があって、それぞれ3つのリンゴが入っている。リンゴは全部でいくつですか?」という問いに対して、日本人は「3個入りが4箱ある」と考えるので、3×4という式になる。ところがアメリカやイギリスは逆。「4つの箱に、それぞれ3つずつ入っている」と考えるので、4×3と書く。計算の概念が違うのです。ところが日本では、「4×3」と書くとバツにする小学校もある。それではイギリス人やアメリカ人は全部バツになってしまう。
小さい頃から異なる文化を行き来してきたから、それぞれの優れたところが相対的に見える。だからこそ、理系と文系の橋渡しをすることができているのかもしれません。