作家 誉田哲也

1969年、東京都生まれ。学習院大学卒業。2003年『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。主な著書に、映画化も決定している『ストロベリーナイト』(13年1月公開)『ソウルケイジ』『シンメトリー』などの「姫川玲子シリーズ」、『ジウ 警視庁特殊犯捜査係』などの「ジウ」シリーズ(全3巻)、『武士道シックスティーン』などの「武士道シリーズ」(全3巻)、『国境事変』『ヒトリシズカ』『ハング』『歌舞伎町セブン』『レイジ』『ドルチェ』『あなたの本』『あなたが愛した記憶』などがある。農業問題をテーマにした近著『幸せの条件』で新境地を拓く。


 

作品の中で食事の描写は気を使いますね。たとえば、切羽詰まっていてあと3分で動かなければいけない。そのあとは時間がないという場合、食べるものはなんだろうかと考えます。警察小説にしても、青春小説にしてもそれは同じですね。『国境事変』の中に捜査会議終了後、居残り捜査員たちが弁当を食べるところがありますが、つくってから時間も経っているので、エビチリやシュウマイもそれほどおいしいわけじゃないけど、弁当の中身まで書くことで読者は事件を抱えている捜査員の生活をイメージしやすいわけですよ。そのときの状況で、何を、どう食べるのかによってリアリティーや緊張感などを表現できるんです。

どういう食べ方をするのかということも含め、その人の人柄の一部だと思うんです。「武士道シリーズ」の2人の主人公のうち、香織は何を食べても感想は「うまい」だけ。ですが、もう1人の早苗はそうじゃなくて、ケーキのスポンジに何か含ませてあるのでおいしいとなる。香織はそこまで味わうことをしません。食べものはセリフ以外の地のところでもひとつの彩りになるし、書いていても楽しいんですよ。

基本的に作品の中に僕の好みは入っていません。著者の嗜好とか趣味などは不要だと思っています。農業をテーマにした『幸せの条件』にしても、主人公の梢恵が感じたことを語っているにすぎません。じゃあ、お米のおいしさをたとえるとしたらどういう表現がいいのか。彼女の感覚で言うと「濃いお米」なんです。

僕が好きなものといえば、〆鯖です。お店によって〆方はいろいろあるけど、そのへんはあまりこだわらない。そんなに好き嫌いはなく、何でも食べますよ。忘れられないのは20代前半のときに初めて食べたもんじゃ焼き。鉄板にわあっと広がってしまい、コテですくって食べられるようにはならなかった。それが後々まで尾を引いて、今でも土手がうまくつくれません(笑)。

30歳になるまでお金にもならない音楽活動をしていました。夜はスタジオを借りての練習や、ライブをやったりして時間を使っていたので、お酒を飲みたいという気持ちはありませんでしたね。それよりも、新しい楽器が欲しいとか、そんなことばかり考えていました。

今は日中、ずっとパソコンに向かって原稿を書いています。毎日がその繰り返しですから、どこかでリセットしたくなる。でも、これといって欲しいものもないし、じゃあ何っていったら、ちょっとおいしいものを食べてお酒を飲むことなんです。これって、僕にとってすごく重要なものになりましたね。そう思い始めたのは専業作家になった30代後半からだと思います。