アスリート 為末大
1978年、広島県生まれ。2001年の世界選手権で男子400mハードル日本人初の銅メダル、05年にも銅メダルを獲得。トラック種目で初めて日本人が世界大会で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3大会に出場。“侍ハードラー”の異名を持つ。12年6月に現役を引退。10年に設立した、アスリートの社会的自立を支援するアスリート・ソサエティの代表理事を務めるほか、東日本大震災を契機に募金寄付活動TEAM JAPANを発足するなど、スポーツを通じて社会に貢献する活動を幅広く行っている。Twitterフォロワー14万以上と、言動にも注目を集める。主な著書に『走る哲学』『走りながら考える』など。
昨年6月に陸上競技を引退して、何か変わったか? などとよく聞かれますが、練習を1日1時間ぐらいしかしなくなったことくらいかなあ。全然違う人になるわけでもなく、淡々と次の人生が始まっていった感じです。
一番変わったのは、酒ですね。最後の1年は完全に禁酒して、引退を発表したその晩に解禁しました。飲む量に何の制限もかける必要がなくなって、今はいくらでもいける感じ。ああ、自由だなあ、というか(笑)、これが普通の生活なのかと思いましたよ。
広島県出身で、昔からカキや魚をよく食べていましたから、やはり和食が好きですね。自分のルーツにある食事がいいと考えているので、たんぱく質は肉より魚で摂っています。現役時代からよくお世話になっている「礼」は、その好きな魚や野菜が本当においしい。前菜に野菜をドンと盛ったのが出てくるんですが、半分くらいは見たことがないもの。いろんな食感が楽しめます。
スポーツ選手を約20人集めて、会合をやらせてもらったこともあります。オリンピアン(オリンピック選手)が多くて、出席者の獲得金メダル数が合計7個。(世界陸上で銅メダルの)僕は“下”のほうでした。
食事は今も自炊と外食が半々。現役時代から好きな日本酒をよく飲んでましたし、食べたいものを食べていました。アスリートは意外と飲む人が多いんです。でも、たとえば「夏の3カ月間」などと時期を決めて禁酒していましたし、本番が近付くと、体重を削るために食べるものや量を意識して調整していました。
ただ、どちらかというと、太ることよりも逆に痩せることを気にしました。体脂肪が減りすぎると関節を痛めますし、抵抗力が落ちるんです。体脂肪率が5%周辺だった現役時代は、疲れたまま人ごみに入ると2回に1回くらいは風邪をひいていました。休めば治るのはわかっていますが、休めないから長引くんです。アスリートは基本的に疲労した状態で日々を過ごしているので、実は虚弱。適度な運動は体にいいんですが、アスリートのそれは明らかに過度ですからね(笑)。
今は筋肉がゆるんで体重が3キロ増え、体脂肪も8~9%近くあるので、体中がダブついてる感じ。ピッとした研ぎ澄まされ感がなくなりましたね……もう現役時代の精神状態には戻れません。普段の会話やツイッターで発する言葉が若干マイルドになったともよく言われます。現役時代は主観が9割。物事を「こうあるべきだ」「こうなのだ」と決めつけるというか、そうやって自分を追い立てていましたが、その感覚も薄れてきました。ただ、もうどこに行っても風邪はひきません。変な話ですけど、すごく元気になりましたよ。