小谷実可子
1966年、東京都生まれ。9歳からシンクロナイズドスイミングを始める。85年「パンパシフィック水泳選手権」でソロ2位、デュエットで優勝。この年から全日本水泳選手権で4連覇を達成。88年ソウル五輪代表に選出され、ソロ、デュエットともに銅メダルを獲得。開会式で日本選手団の旗手を務め話題になった。引退後はシンクロの指導にあたる傍らでスポーツジャーナリストとして活躍。夫は元陸上選手で現在は明海大学教授の杉浦雄策氏。2人姉妹の母としても奔走している。
現役を引退したときに何より嬉しかったのは、吸いたいときに息が吸えることと食べたい量だけを食べられること。練習の辛さはどの競技にもありますが、シンクロの場合、息を止めて演技をしなくてはならない。これがものすごく苦しいんです。
食事については、1日に4200キロカロリーを摂るのが必須。脂肪が落ちると浮きにくくなり、脚も細くなって見栄えしなくなるから。焼き肉、中華、お寿司をローテーションで食べたり、デュエットのパートナーと中華料理に行ったときにはあまりにもたくさん頼むので「あと何人来るんですか」ってお店の人に聞かれたほど。ソウル五輪のときには選手村の食事でもたくさん食べられるように、ドレッシングやお醤油をいつも持ち歩いていました。
そんな生活から解放されてみると、食事っておいしくて楽しいものなんだとわかって。特に好きなのはイタリアン。パスタとかピッツァとか、チーズを使った料理が大好物なんです。自宅の近所にある「リディア」には家族で行ったり、デリバリーを頼むこともよくあります。
スポーツクラブの後に友達と寄るのは「母庵」。少しずついろいろな料理がのった昼の定食は、見た目でも大満足。同じ年齢の女性に比べると、食べる量は多いと思いますね。
もちろん、引退して気づいたことは、食事の楽しさだけではありません。もうすぐロンドン五輪が開催されますが、オリンピックがいかに多くの人たちの心を動かすかということも、観る側に回って初めて知りました。開催地はもとより、日本でも街中がオリンピック一色になるんだなあと。私自身、この前の冬の五輪は家族や友達とテレビの前に釘付けになって声援を送っていました。すると近所からも同じように盛り上がっている声が聞こえてきて。周りの会話もオリンピックの話題で持ち切りなんです。
選手として出場していると、そんな熱狂は耳に届きません。特にシンクロは大会の最後に行われるので、現地にいても街に出られず、他の競技も観られない。日本に帰ってテレビを観ながらおいおい泣いて「こんなに素晴らしいオリンピックに出て、メダルを獲ったんだ」とさらなる感動を募らせていましたね。
今、振り返っても、あの頃は人生のすべてをシンクロに懸けていたと言い切れる。オリンピックでメダルを獲れたときには一生分の幸せをもらった気持ちになり、これからはごはんにお醤油をかけて細々と暮らせればいいと本気で思いました。
でも、その後の人生で、メダルとはまた違う喜びや楽しみがあるのを知って。醤油ごはんだけでは、やっぱり寂しいですよね(笑)。