上司の評価を放棄する代わりに、自由な時間を手に入れる
「さっきよりも強引度が上がったような……」
「わざとミスをして、自主的に謹慎する。自作自演の巧妙なテクニックさ」
「これ、怒られません?」
「この上司の場合は、高山君の迫力とアホらしさに気圧されて、ぐうの音も出なかったようだよ」
「相手にもよるということですね」
「そう。手持ちのカードが相手に有効かどうか、見極める力も必要なのさ」
「日頃の観察力がものを言うと……」
「うん。それに、営業はサボりが本分! 余計なことにつき合っている時間はないよ」
その通りだ。無能な上司の都合につき合っていたら、コンビニや個室ビデオ巡りなどできないだろう。
高山はその後も、のらりくらりと時間外労働を回避したという。
最終的には終業時刻が近づくと気配を消して、上司が仕事を振る際の“選択肢”から自身を排除することに成功したらしい。
上司の評価を放棄する代わりに、自由な時間を手に入れたのだ。
西久保さんは昔を懐かしむように目を細めた。
「あの頃……。定時が近づくと、僕の目には高山君が透けて見えたよ」
「いや、さすがにそれは言いすぎでしょ」
“断ったようにみせない”狡猾な手口
さらに、高山はやりたくない仕事も巧みに回避してきたようだ。
「それがこの『苦手分野は“無能”と“気遣い”をアピール』ですか?」
「そうそう。高山君が事務能力ゼロなのは知ってるよね?」
「はい。壊滅的です」
「そう。だから、周りの人間は、基本的に高山君にそういう業務を回さないようにしていた。ただ、それを知ってか知らずか、悪徳上司がデータ整理とかを高山君に押しつけることがあってね……」
そんなとき、高山はこんなふうにキッパリ言うそうだ。
悪徳上司C「高山! 100人分のアンケート結果、まとめてくんない?」
高山「もちろん、やりたいです!」
悪徳上司C「さすが高山だ! 今日中によろしく頼む!」
高山「ただ、本当に私でいいんでしょうか?」
悪徳上司C「どういうことだ?」
高山「部長、私はエクセルの“エ”の字も理解できていないのです!」
悪徳上司C「お前、社会人が何言って……」
高山「つまり、この業務は私が化粧品売場で美容部員をやるようなもの! 明らかにミスマッチです!」
悪徳上司C「いや、一応仕事なんだから……」
高山「私としても、このようなことを申し上げるのは本当に心苦しいのです。本当は部長のお役に立ちたいっ……」
悪徳上司C「なら……」
高山「ただ、私がやると、それをチェックする部長に多大なるご迷惑をかけてしまいます。少なくとも三度手間、最悪は五度手間を取らせてしまうでしょう。結果、会社にも大打撃となるやもしれません。そうなると、部長のお立場が……」
悪徳上司C「わ、わかった。もういいよ……」
西久保さんが一連の出来事を解説する。
「一旦はやる気を見せつつも、その後は自分の至らなさを示し、最終的に上司や会社を気遣うそぶりを見せる。そうすることで“断ったようにみせない”。なんとも狡猾な手口なのさ」
「それは、ちょっと拡大解釈しすぎですよ! こんなの、ただ面倒くさいやつなだけじゃないですか」
確かに、同じ営業部として、巧みな話術には感心する。でも……。