うまくいっていた良い習慣をやめるのは難しい
キャリアのある人たちが自分のことを昔の人、と感じ始めたら、これまでうまくいっていたやり方を改めたほうがいい、というアドバイスがあります。よい習慣も習慣ではあるから、繰り返しそのものによるメリットもあるでしょうが、創意力や瞬発力だけでは難関を突破できないものです。
現状を変えるための習慣を身につけて問題から抜け出そうとする試みは、その習慣に固着していると、逆にやり方そのものが新たな問題になりかねません。例えば、(ボスの決定の代わりに)オープンマインドなディスカッションを通じて部署内の問題を解決する方法を選んだ人たちは、話がいつまでもぐるぐる堂々巡りしているように感じながらも、やめられないときがあります。
誰も責任をとらない安全な解決策が出てくるまで、あるいは、「じゃあ、とりあえずこのまま様子見ていきましょうか」といったあいまいな言葉を誰かが言いだすまで会話を楽しむ。問題を解決しようと集まったのに、会話を楽しむだけで答えを見つけられない? そんなことはあるはずがないと言いたいところですが、これがなかなか思いのほかよくあることなのです。
ときには、よい習慣のせいで順調に道を進みすぎるあまり、ほかの方向にはシフトできなくなってしまう場合もあります。
「ほかの場所に行きたいなら2倍の速さで走らねばならん」
小説『鏡の国のアリス』では、アリスが庭をもっと素敵にしようと丘に上るエピソードがでてきます。
こっちの道だと思ったのに迷ってしまい、「帰ってくる」道を確かめてからまた別の道を選んでいってみます。ところが、どの道をいっても家に戻ってきてしまいます。アリスは鏡を潜り抜けて前に住んでいた家に帰らなければと思いながらも、冒険が終わってしまうのが惜しくて丘に向かう道を探しに出ては戻ってくるのを繰り返す。
同じ地点にばかり戻ってきていたアリスにバラが言います。「悪いことは言わないから、花のほうへ歩いてらっしゃい」。アリスはもちろんその言葉を無視しますが、また失敗して戻ってくると結局は反対方向へ向かうことにして、ついに別の道を見つけます。つまり、道だからといってすべてが目的地にたどり着けるわけではないのです。
その直後、アリスは女王に会います。女王は丘のてっぺんでアリスにチェス盤のような模様をした土地を見せます。アリスが興奮してチェスの馬になってゲームをしてみたいと言うと、女王はチェス盤で女王になれる方法を教えてくれて、突然アリスの手をとって全速力で走るのです。息継ぎもできないほどの速さで走っていたのに、止まってみると走り始めたときに立っていた木の下にいます。アリスがびっくりすると、女王がなぜかと尋ねます。
「そのう、あたしたちの国では、今みたいな速さで、こんなに長く走ったら、ふつうどこかほかの場所に着きます」
女王の答えはこうです。
「それはまた、のろい国じゃな! よいか、ここでは、力のかぎり走らねばならんのじゃ。もしどこかほかの場所に行きたいのであれば、少なくとも二倍の速さで走らねばならんぞ!」(脇明子訳、岩波少年文庫)